3 女王陛下がおかしい

 成人の儀礼は、領内随一の規模を誇る領都教会大聖堂に王族、他領からの来賓、各市区町村長や領のお偉方、有力者たち、そして我がディアノベルク一族が所狭しと集い(この内九割九分九厘ほどが女)、厳かな空気の中滞りなく執り行われた。

 


 別にただそれだけだ。


 成人の仕組みがどうとかではなく、本当にただ成人したことの祝祷それだけである。


 同じタイミングで成人する他の同年代の領民たちは普通に教会で礼拝するくらいの話だ。

 姉さま方のときですらこの教会で前世の成人式的なノリで集団儀礼が行われたくらいの話だ。

 それを領主一家で久々に生まれた男というだけで年間税収を着せられてこの有様なのだ。


 ただそう生まれただけでこうも愛される。

 本当にただただ疑問でしかないが、世界がそうなのだから仕方がない。

 そう理屈として理解はしたが、やはり前世の価値観が邪魔をして馴染まない。




 重いわ。 扱いとか、衣装とか、色々と。





 ………




 「国王陛下にご挨拶申し上げます」


 「うむ。 アルダーよ、よく育ったな」



 そうして滞りなく儀礼を終えた後、夕刻に控えた晩餐会に先んじて最も高貴な来賓たる国王陛下の接待だ。

 王国有史以来の神童とうたわれたクリスタ=シス=エインズワートは、幼い頃から徹底的な英才教育を受けてきた。

 十より政治に携わり、十二より軍役でも頭角を現し、有無を言わさぬ手腕で前王を退けて十六の若さで国王となった。

 その怪物的な政治手腕と元軍人としての的確な指揮により、就任後も政治・経済・軍事の三面において多大なる成果を上げてきた歴史に残る傑物けつぶつである。


 高貴の二文字を具現化したかのようなツヤツヤサラサラの麗しいブロンドヘアーと、軍役によって鍛え上げられたダイナマイトボディを持つ綺麗系の美人様だ。

 齢は現在三十五……実にちょうどいい熟れ具合だ。


 そんな不敬も過ぎる私的な講評はおくびにも出さず、ただただ人畜無害の穏やかな顔を作って表敬する。



 見上げたその顔は――頬を紅潮させて今にも舌なめずりしそうな、まるで得物を狙う獣のかおである。


 後ろで母上が殺気をかもしているのが分かる。

 「ウチの大事な息子に色目使いくさってこの脳筋阿婆擦れが」とでも思っていそうなものだ。

 無論、本来王族に殺気など不敬も不敬であり、この空気感も元は戦場の同志であった陛下と母上の仲があってこそ許されている。



 「ヴィーナよ、そう殺気立つな」


 「恐れながら陛下、成人したばかりの若人わこうどに王族としてあるまじきだらしない色気をそうもはばからず醸したてる様を見てはいさめる他ありませぬ。 忠臣として」


 「はは、余とてその気になればいつでも取って食えるものを今日この場においてもそうしていないのはお主とアルダーを尊重してのこと。 その辺のしつけのなっていない飢えた獣風情と一緒にされては困る。 余はアルダー……お主の気が向けばいつでも……準備はできているがな」


 

 そう言ってクリスタはバチンとフランクなウインクをかました。

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