第3-11話

グロームスワンプの蒸し暑い日々が一ヵ月余り過ぎ、エリナはその重みを感じつつも、ノアの厳しい指導に身を委ねていた。


湿地帯の過酷な環境での修業は容赦なく、ノアはエリナに新たな魔法の枠を超えるような力を求めていた。時にはデスクローラーの襲撃に遭い、その状況での魔法の使い方を学びながら、彼女の成長は着実に進んでいった。


熱帯の気候、沼地の湿気、そして夜に迫りくる厳しい冷え込み。これらの自然の厳しさの中で、エリナは自身の力を引き出すために修行に打ち込んでいた。


特に、彼女は治癒魔法と土属性の魔法の練度を上げることに成功していた。デスクローラーとの戦いでの傷を素早く癒す力や、土地の力を利用して様々な防御や攻撃を行えるようになっていた。


修行の日々は過酷ではあったが、それがエリナの成長を促し、力を一層高めていた。湿地帯の厳しさと共に、彼女の魔法の力はどんどん深化していった。


「ストーンブラスト!」


沼地の魔物代表であるムカデの昆虫種の魔物、スワンプセンチピードに石飛礫を命中させる。

緑色の血液が宙を舞い、胴体に風穴が空く。

スワンプセンチピードは身震いさせながら絶命した。


「魔法の威力が上がってきたね」

「はい!」

「一ヶ月と少しかな? 今週乗り気ったら二ヶ月目に入るのか……。流石に1日も休まずに早朝から訓練してるから大分仕上がったね」

「でも、私なんかまだまだ未熟で……出来ないことも多くて……」

「弱音は吐かない。出来ないことはこれからできるようになればいい」

「すみませんです」

「それじゃあ最後の仕上げにキノコの群生地に行こうか」

「分かりました」

「ふふん。よろしい」


ノアはキノコの群生地へと向かう途中で注意点を話す。


「キノコの群生地の事はどのぐらい知ってる?」

「書籍で呼んだ程度の知識しかないですね。そもそも危険なグロームスワンプに来る冒険者が少ないですし、もっと危険であるキノコの群生地は探索が殆どされていない……。謎の多い自然迷宮ですよね?」

「そうそう。危険すぎて殆ど誰も近寄らない未開の領域。中間地点から毒胞子が常に舞っているけど、正直迷宮に入る前から解毒薬と精神薬を飲んでおかないとお陀仏かな」

「そんなに強力な毒の胞子が舞っているのですか?」

「軽く吸った程度であれば問題無いけど、群生地内じゃあ濃度が濃すぎる。主にガス・スポアっていうキノコとディレンブライトっていう魔物が悪さしているんだ。しかもこのキノコの群生地にはいろんな種類のガス・スポアがあって、それが複雑に絡み合って余計な悪さをしてんのよねー」

「……ちょっとだけ悪いような気がしますが、炎魔法で吹き飛ばしてしまうのは?」

「湿度が高いから炎魔法の威力は下がるわ。あと、ガス・スポアが放出する胞子は可燃性のものじゃないし、中には魔法に反応して効果を打ち消すものもある」

「魔法を打ち消すのですか!?」

「そうだよ? キノコの群生地は魔法使い殺しっていわれているぐらい魔法に反応する胞子が舞っているんだ。効果を打ち消すのもそうだけど、魔法の発動とか、魔力の流れを乱されるから相当な修練を積み上げた魔法使いしかまともに活動できないかな」

「ま、まさか……今からそんなところにいくのですか?」

「行くよ? だって、エリナがこの修行の期間に作った霊薬がちゃんと出来ているか確かめる為でもあるんだから」

「ふぇ……いえ、はい! 頑張ります!」


弱音は吐かない!

修行して強くなった実感を得るには、これぐらいのことをしないと!


「あ、そう言えばノアさ……ノアに訊きたいんですが、どうして土魔法を?」

「外的影響が少なくて、環境に左右されにくいからだよ。攻撃魔法は安定しないだろうけど、泥や土の壁を作るぐらいなら影響は少ない」

「へえ……ノアさんは魔法にも詳しいのですね」

「そりゃあ魔法が使えるようになるために毎日勉強してるし、修行もしてるからね。でも私には魔法の適正が無いから使えない。でもエリナは魔法の適正があるから頑張り次第で伸びる」

「冒険者として活動していくにはもっと強くならないといけないですからね!」

「お互いに頑張ろう。そろそろ領域に入るから霊薬を飲んでおきな」

「はい!」


二人はポーチから二種類の霊薬を飲む。

一つは心鎮の霊薬であり、幻覚や精神攻撃に耐性を付ける薬だ。

もう一つは毒除けの錦草。様々な毒に対応できる解毒薬である。


二人は小瓶に入っていた二種類の液体を一気に飲み干すと、眉間にシワを寄せて舌を出した。


「ノア……これはなんといいますか……」

「クソまずいでしょ? 我慢するしかないわ」

「ですね……」


準備を整えた二人はキノコの群生地へと足を踏み入れていく。





キノコの群生地は湿気に包まれている。

燦々と降り注ぐ筈の太陽は巨大な木の根っこや木葉に遮られていて薄暗い。

地面は苔に覆われていて歩く度に水気を感じる。

様々なキノコがそこら一帯に生えていて、姿形はバラバラだ。

エリナは興味深そうにそれらのキノコのを見ながらノアの後ろを歩く。


「今日はやけに濃いね」

「確かに……瘴気が濃いです」

「解毒薬が効いてるからまだ平気だけど、探索はここまでにした方が良さそうだね」

「ノアがそう言うならきっとそうした方がいいんだと思いますが、まだ一時間もいないですよね? なにか悪い予感でも?」

「うん。言葉では言い表せないけど、今日はヤバそう」

「それじゃ引き返そうか」


いつもと比べて瘴気が濃いのはなんでだろう……嫌な予感がするな……。深入りしていないし、殆ど入口付近で歩いていただけだから大丈夫な筈だ。

ディレンブライトが出現するような場所じゃないし、今から引き返せば問題ない。


そもそも今回ここに来た理由はエリナが作った霊薬の効果を確かめる為。

まだ入口付近とは言え、霊薬を飲んでいない状態だったら症状が出始める。

見たところエリナに異常は見られない。

霊薬がきちんと調合されていてほっとした。


ノアとエリナはキノコの群生地に深入りせず、直ぐに来た道を引き返した。

彼女の判断は正しい。

濃い瘴気は魔物の活動を活発にする。

原因は様々だが――主な原因は単純な自然現象から来るものだ。雨が降る、晴れる、曇る、風が吹くように、瘴気が発生する地帯では濃い日もあれば薄い日もある。


嵐の日は家に籠るように、瘴気がいつもより濃いのであれば引き返す。

ノアの師匠であるアランも同じ判断をしただろう。


だが――今回はその正しい判断の裏を掻くように“敵”がいたのだ。


ノアとエリナがキノコの群生地から離れた直ぐの所に冒険者がいた。

血塗れの男が二人と女が一人――ノアとエリナの前に立ち塞がる。


「エリナ、あれはヤバいよ」

「……流石の私でも、様子がおかしい事は理解できます。しかしアンデッドとは違う反応があるのが気になる所ですが」

「寄生されてる。ディレンブライトにね」

「それは……気の毒に」


ノアは銃を構え、エリナは杖を構える。

目の前の冒険者は酷い状態だった。

ディレンブライトという魔物は独特な繁殖方法を持つ。本来であれば朽ち木や死骸等に自分の菌糸を植え込み、群れで子孫を見守りながら育てる習性を持つ。


「ディレンブライトが常に討伐対象になっている理由がアレだよ。あいつらは直接自分の子孫を生きた生物に寄生させるんだ」


しかしそれは彼らの繁殖方法の一つに過ぎず、生きた生物に直接子孫を植え付ける方法もあるのだ。目の前にいる冒険者は不幸な事にディレンブライトとの戦闘に敗れ、生きたまま苗床となり、己の意志ではもうどうすることもできない状態になっている。


ディレンブライトに寄生された生物は、幼生体の菌糸が瞬く間に体内に広がり、急成長する。

皮膚は赤く変色し膨れ上がり、異常な形状となる。

正常な行動をする事は無くなり、本能のままに行動し、栄養補給の為に殺し、食うだけの存在となる。

やがて宿主の全てを栄養源として消費した後、新たなディレンブライトが生まれるのだ。


冒険者だった者達はビクビクと身体を痙攣させながらそれぞれ武器を抜刀する。


「エリナ、あえて言うけどアレを人間だと思わないで」

「はい!」










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