第3-10話

アランがギルドの社長室に足を踏み入れると、そこには堂々とした雰囲気を持つギルド長、ニコラス・スカイフォージがいた。彼の仕事ぶりがうかがえるような忙しい情景が広がり、書類や手紙、堅苦しい文書が机の上に山積みされ、まるで仕事の山に埋もれているかのようだった。


ニコラスは白髪に黒毛が混ざった髪を後ろで束ね、白く長い髭が編み込まれている。

威厳ある中年の男性で、身長は2メートル軽く超える巨人族だ。

仕事に真剣な表情が顔に刻まれ、深いしわが眉間に寄っていた。


社長室内は知識と権威の象徴ともいえる重厚感に包まれ、デスクの上には整然とした書類や文書が配置され、本棚には知識と情報に溢れた書物がずらりと並んでいる。ニコラスのデスクは窓際に設置され、自然光が差し込んでいた。


天井の明かりが室内を照らし、夜でも明るい作業環境が整っている。紺色のカーテンが落ち着いた雰囲気を醸し出し、部屋の一部には地図や冒険者の姿を描いた絵画が飾られていた。



ニコラスの社長室は決して冷たいだけのオフィスではなく、彼の趣味や興味が反映されている場所だ。本棚には古代の宝石や魔法のアーティファクトが飾られ、神秘的な雰囲気を醸し出している。椅子やソファーは高級な革が使われ、快適な座り心地を提供しているのだ。

そして、彼の趣味である高級な酒や葉巻の数々がガラスケースの向こう側に飾られている。


アランが革張りの黒いソファーに座る。

ニコラスはアランを見ると、口の端を緩めて言った。


「よおアラン! 無事に帰ってきたか!」

「ッチ……」


アランは不愉快そうに舌打ちをした。


「お前が頼んだ吸血鬼の案件の答えだ」


アランは目の前のテーブルの上に小瓶を置いた。

その中には四本の牙が入っていた。


「ほう……」

「吸血鬼になった子供を二人殺した。姉が十六で妹が八……ミランダは自分の子供に吸血鬼の因子を植え付けたんだよ」

「やはり情報部がよこした内容通りだったかあ」

「ああそうだ。屋敷の中を捜索したらいろんな実験内容だったり記録がでてきた。どれもこれも目も当てられんような人体実験の記録で反吐がでる」

「しんどい仕事を頼んじまって悪かったなあ」


アランは不服を態度で表す。

ニコラスは立ち上がり葉巻に火を付ける。本来であればふかして味わうのだが煙をどっと肺の中に入れ煙突のように煙を吐いた。


「ミランダの娘っ子さん、魔力が体外に漏れ出ちまう不治の病を患っていたたんだってなあ」


ニコラスが資料を片手に内容を読む。


「ああ。それでどうにか治せないかと躍起になっていた医者の父親が人体実験をするようになったんだ。最初は診察しにきた村人を対象としていたが、それが徐々に悪化していって誘拐からの人体実験に発展。最終的に自分の娘の……長女を使って実験するようになった」

「お前から貰った資料に目を通したが……実験はどれも酷いもんだあ、目も当てられん。途中で読むのを投げ出したぐれぇだ。姉の方は体が丈夫で魔力量も多かったもんだから辛かっただろうよ」


ニコラスは資料を雑に置き、ガラス棚に鍵を差し込む。中からノーブル・レガシーを取り出す。グラスに丸氷を入れ、注ぐ。

それをアランの前に置くとソファーに腰かけた。


「ああ……だろうな」

「そして実験がクソ詰まりしてきたタイミングでとある訪問客が来たあ」

「……クソ吸血鬼の女王、ベアトリス」

「その通り。あの女は自分の因子を父親にプレゼントして、親父はそれを娘たちに与えた。そんで、とんだクソが始まっちまった……まったくひでぇ話だあぜこりゃあ。犬も走って逃げちまうぐれぇだ」

「全くだ。こんな話じゃ折角の良い酒も味が落ちるってもんよ」


アランはゴクリと一口飲むと、その深い味わいに舌鼓を打つ。


「俺達ギルドもあいつのケツを追っているが尻尾すら掴めん。ったくとんでもねえ女狐だあぜ」

「俺も個人的に追っている。なんせアイツは……」

「ノアちゃんの親を殺したからなあ。バーミリオン夫婦はお前と同等ぐれぇに凄腕の吸血鬼狩りだったなあ……」

「俺の親友でもある」

「……」

「……」


静寂が空間に流れる。


「だあクソ! しみったれた話だあぜ! 天国にいるアルもエミールもこんなしみったれた話を聞いたら合わす顔がねぇってんだ! クソ!」

「今回の話を纏めるには必要な時間だっただろうが。まあ……その意見には同意だがな」

「ノアちゃんは今どうしてんだ?」

「さあな。今頃小銭でも稼いでんじゃねぇか」

「お前なあ……」

「アイツも良い年だ。俺がいちいちアイツの動向を探っていたらどう思われるか分かってんだろ?」


アランがため息混じりに言うと、ニコラスがそれを面白がった。


「ガッハッハ! 違いねぇや! でもすげぇ才能を持った女の子だよなあノアちゃんは」

「……まあな」

「魔法も闘気もロクに扱えないっていうのに身体能力と霊薬だけであそこまで動けるんだろ? それに最近プラチナランクにランクアップまでしたんだぜ」

「そうか」


ニコラスがアランの反応に首を傾げる。


「なんだ嬉しくねぇのか?」

「長年面倒見てやってきたから分かんだよ……。お前も娘が一人いるだろ? 察してくれ」

「ガッハッハッハッハ! 女たらしのおめぇにもようやっと親の気持ちってのが芽生えてきたんだな!」

「声がデケェんだよ。それにアイツには気付いて欲しいんだ」

「あの子の中にある“鎖”の話か?」

「ああ。クソ吸血に感づかれねぇようにな」

「……はぁ、ノアちゃんには負担を掛けちまうなあ」

「可能な限り支援はするが、ベアトリスをぶっ殺せるのはあいつが頼りだ。」

「ちげぇねぇ。おめぇは老いぼれちまってクソ吸血鬼と斬り合うには限界だろうからなあ? がっはっはっは!


ニコラスが高笑いする。

アランはそれに不快感を露わにした。


「馬鹿言え。俺一人でもぶち殺せるわ」

「だろうが、霊薬の効果範囲の中でだろ? もって三分ってところだ。長期戦には向かねぇし、俺とお前が仲良く手を取り合っても勝てねぇよ。クソ吸血鬼よりも最大の敵は“年”、だからな。ま、ノアちゃんが今よりももっと強くなって、鎖に気付けるようになればどうにかできるだろうよ」

「はあ……あと何年必要になる事やら……」


アランはぼりぼりと頭を掻いた。


「まあゆっくり待てってんだあ。ノアちゃんが積み上げてきた経験は鎖が開放された時に役立つ。気長に面倒を見てやろうじゃねぇか」

「……そうだな」

「ほれ今回の手土産だ。そこにある箱を持っていけ」

「中身は?」

「プリズム・アンバー、熟成期間15年モノだ。お前の求めるストレイニルの酒は手に入らなかったが美味い酒だよ。そっちのちいせぇのは葉巻だ」

「ほう……どこの葉巻だ?」

「モンテカルロ・エンブラシスだ。南方のエンブラシス諸島で作られている葉巻で葉っぱを5年も熟成させている葉巻だあぜ。開けてみろ、香りが段違いで色合いが芸術品みてぇなんだ」


アランがシガーケースを開けると、そこには夕焼けの色合いを彷彿とさせるような美しい葉巻が並べられていた。


「モンテカルロの葉巻は絶品だぞお? エンブラシス諸島の特有の栽培方法と環境によって育まれた夕焼けの葉ってので作られていてなあ。初めはほのかな甘みがあって、次第に深いタバコの香りが広がるんだ。スパイシーで芳醇なニュアンスと、余韻には上品なスモーキーとベリーの風味が良いんだ」

「こりゃあいい……買おうと思っても売り切れている事が殆どだからな」

「んま、時間がある時にでも楽しめよ」

「そうだな。それじゃ、俺はこれで失礼するよ」

「仕事がある時はいつも通り手紙を送る」

「ああ、分かったよ」


アランは土産を手に部屋を後にした。


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