第3-8話
「強い……」
姉の吸血鬼が思わず言った。
「お姉ちゃん!」
「大丈夫だからね。今すぐ首を直してあげるからね」
姉の吸血鬼が妹の吸血鬼の首を戻す。
自身の血を与えて妹を回復させる。
斬られた腕を修復し、二人は抱き合う。
「だめじゃない。ちゃんとお洋服を着ないと」
そう言った姉は魔法のドレスを妹に着せてあげた。
「お姉ちゃん……」
「アラン・ストーングレイド……」
姉の吸血鬼が飄々とこちらへ歩いてくるアランを睨む。月光に揺らめく銀の剣と灰色の瞳に殺意が宿る。
「姉妹で吸血鬼か……やれやれ。これじゃあ俺が悪党みたいじゃねぇか」
煙と同時に残り僅かとなったタバコを吐き出す。
「あなたの望みはなんなの」
「金だ。シンプルだろ? 俺の本職は吸血鬼狩りなんでね……お前らを殺さにゃならん」
「……そう。一応訊くけど、見逃して貰えるかしら?」
「ダメだ。行方不明となった村の連中が多すぎる。もう少し賢く立ち回るべきだったなあ?」
「取引しないかしら?」
「それなら俺の欲しいものは情報だ。吸血鬼ベアトリスのな」
「……それは」
「身に覚えがありそうだな」
「……」
「それで分かった」
アランはタバコを一本取り出す。
煙を味わうように吸い、ゆっくりと吐き出した。
上位吸血鬼の眷属となった吸血鬼は、自分を吸血鬼にした親の名前を呼ぶことができない。
主の命令は絶対であり、細胞レベルにまでそれが刻まれる。
コイツらはよりにもよって上位吸血鬼の、それもベアトリスの眷属になっちまったのか。
やれやれ……これは尚更厄介な事になってきたな。
「もう一度言う。ベアトリスの情報を言え」
「……」
少女は今にも言いたそうに口をパクパクとしたが声が出ない。
「そうか、ベアトリスの名前を呼べないか」
「……」
少女が小さく頷く。
それを確認すると、アランはゆっくりと抜刀し、少女達に切っ先を向ける。
「すまんな」
「……そう。なら、全力で抵抗させてもらうわ!!」
☆
グロームスワンプは朝日に照らされていた。
まるで幻想的な別世界のようだった。広がる湿地は静謐ながらも不気味な雰囲気に包まれ、一面に広がる沼と泥濘は光り輝く露の粒を帯びていた。
朝霧が湿地を包み込み、地面から立ち昇る蒸気が不透明な雰囲気を生み出している。樹木はこぢんまりとした姿勢で湿地に生い茂り、その根っこが水面に絡みついていた。
辺りには時折、草むらから小さな気泡が湧き上がり、湖面に広がる花々は淡い光に包まれているかのようだった。風が葉を揺らし、湿地の奥深くに響く蛙たちの合唱が、この神秘的な場所に穏やかな響きをもたらしていた。
湿地の中央には大きな岩がそびえ、その上には古びた苔が生い茂り、複雑な地形を形成していた。岩の隙間からは水辺の植物が茂り、小川が巧妙に湿地を縫いながら流れていた。
湿地の特有の香りが漂い、濃い霧が光の粒を散りばめた大気に溶け込んでいた。この静謐な風景はまるで、時間が止まったかのような錯覚を与え、冒険者たちを異次元の世界に誘い込んでいるようだった。
このような場所を鍛錬の場所として好き好んで選び、危険な魔物と戦闘を繰り広げる者はそうそういない。
ノア・バーミリオン。ショートボブの鮮やかな赤髪は、彼女の気迫と野性的なエネルギーを物語っていた。その小柄でありながら引き締まった体躯は、修行と戦いの果てに得られたもので、その体中に刻まれた傷は彼女の過去の戦いの歴史を物語っている。
デスクローラーの素材で作られた黒い軽装の鎧がノアの身を包んでいる。
身軽で動きやすさを重視したその装備は、彼女の俊敏かつ攻撃的な戦闘スタイルに合わせられている。
彼女は目の前で小型のデスクローラーと必死に戦っているエリナを退屈そうに見ていた。
「ひいいいいいいいいいい! 助けてくださああああああい!」
デスクローラーがエリナの上に圧し掛かり、大口を開いて噛み付かんとする口を杖で防御していた。
エリナ・ロックハート。普段の彼女の容姿は金髪のセミショートヘアに清らかな表情と、落ち着いた立ち振る舞いだが今は違う。
修道服を泥まみれにし、血眼になりながら目の前の魔物と戦闘をする一人の冒険者である。
「はあ……。一人で討伐しないと意味ないでしょうが」
「ひいいいいいい!」
デスクローラーの幼体が体重を乗せる。
幼体とは言え全長10メートル以上はある為体重は重い。ノアの狙い通り、死ぬ気で抵抗しないと体を絡めとられあっという間に餌となってしまう。
「攻撃魔法知ってるでしょー? 使ってみなさいよー」
「私みたいな素人は杖を使わないと魔法が使えないのです!」
「どうにか杖を使わないで攻撃魔法なり防御魔法なり使わないと死んじゃうぞー」
「ノアさん恨みますからね! 発動するか分かりませんがもうやけくそですよ!」
エリナは眼前に迫るデスクローラーを睨み、呪文を唱えた。
「土より生じ、石より舞い、礫となりて飛び立ちん! ロックブラスト!」
小さな石飛礫が生成されると、それらがデスクローラーに向かって飛び散る。威力は小石をふわっと投げつけた程度。
数十個あった石飛礫は四散し、至近距離でありながらロクに命中しなかったが――隙を作るには十分だった。
一瞬だけ怯んだ隙を使い、エリナはデスクローラーを振りほどき圧し掛かりから脱出する。
それと同時に泥を投げつけ怯ませると、杖を向けて詠唱する。
「土より生じ、石より舞い、礫となりて飛び立ちん! ロックブラスト!」
先程のロックブラストとは打って変わり、弾丸のように射出された鋭利な石の飛礫がデスクローラーの身体を貫いた。
息絶えたデスクローラーを確認すると、エリナは糸が切れたかのようにそのばに座り込んだ。
「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ……」
ノアは拍手しながら言う。
「いい勝負だったね。それじゃあ次もいこう」
「はあ……す、少しだけ休ませてください……。かれこれ一晩中戦ってます……もう体力が……」
「そうか、そう言えばそうだったね。でも休んでいられないよ? 仕留めたデスクローラーを三匹分捌いて、ちゃんと洗濯して体を洗って、怪我の治療もして、それから寝れる。これも全部鍛錬の一部だからもうひと踏ん張りするよ」
「ふえええええ……」
エリナは半泣きになりながらノアの後ろをついて行った。
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