第3-7話

二人が依頼内容を吟味した後幾つかの依頼状をもってカウンターに立った。

受付の女性が依頼内容をまじまじと見ると、ノアとエリナの顔を交互に見た。


ノアは冒険者らしい身軽さを重視した革製の鎧と外套を着ている。新調した防具はデスクローラーの素材から作られたものである為、彼女の強さを象徴していた。

腰には剣を下げ、背中にはバンガルフが作ってくれた銃がある。


一方のエリナは修繕はしてあるもののボロボロのローブを着ている。

装備している魔法の杖も、冒険者として活動していく上でギルドから支給された初心者用のもの。

二人の間に実力差があるのは一目瞭然だった。


「すみません……。ご提示された依頼内容ですが、ノアさんの実力と実績は存じ上げているので問題は無いのですが、エリナさんの冒険者ランクを考えるとこの依頼内容を受理する事が難しいんですよ」

「うそ? なんで?」


ノアは眉間にシワを寄せた。


「ギルドの方針と規約内容に変更がありまして……ダイヤモンドランク以上の冒険者から一定数の推薦。又はギルドからの信用度が一定以上ある者はギルドの独断で自動的ランクアップするようになったんです。分かりやすく説明すると、ランクアップ時にギルドが必須としている実技と筆記による試験を飛ばしてランクアップする方針が追加されたんですよ」

「なんでまたそんな事を……?」


ノアは眉間にシワを寄せて言った。


「一つはプラチナランク以上の冒険者が不足している事です。もう一つの理由は難易度の高い依頼を受けた高ランクの冒険者が、低ランクの冒険者を同行させる事を禁止させる事ですね。最近はこうした低ランクの冒険者が高ランクの冒険者と共に同行する事による殉職が頻発していまして……。たとえばノアさんが持ってきたこのディレンブライトの討伐は基本的にゴールドランク以上の冒険者が受けられるのですが、エリナさんはシルバーランクなので同行する事が出来ません」

「あーーーー……どうにかならない?」

「残念ながら……」


受付嬢が申し訳なさそうにあたまを下げる。


「ノアさん私は大丈夫ですよ。私は私の力でどうにかやりますから」

「そう言うわけにもなあ……。あ、ギルドのお姉さんさ、パーティーそのものは組めるの?」

「パーティーを組むこと自体は今まで通り可能です」

「パーティーメンバーとの間にランク差があると、ギルドを通して正式に依頼を受けられないだけなんだよね?」

「そうですね」

「自由討伐対象であれば、ギルドの依頼を通さなくても問題無いって事だよね」

「はい。依頼を通した報酬が貰えないだけで、自由討伐対象の魔物であれば戦利品を納品していただければ大丈夫です。ですが……推奨はしていません。依頼の対象外でありますので、本当に戦利品のみの買い取りになりますのでお願いいたします」

「よし、分かった。エリナ行こう!」

「ふぇぇ……ちょっと逃げられると思っていた私が浅はかでした」


エリナが涙目を浮かべる。


「何言ってんのシャキッとしなさい! 気合い入れて鍛錬するよ!」


ノアはエリナのおしりをぺしぺしと叩いて活を入れた。エリナは半泣きでノアの後を付いていくのであった。





日が沈み、満月が夜を照らす時刻。

アランはとある田舎町にある洋館の中に足を踏み入れる。

洋館の中は埃っぽく、朽ちた家具や美術品等が散乱としていた。

と、同時に……かつて人間だった残骸も散乱していた。


「戦闘の痕跡……違うな……逃げていたのか」


アランは遺骸を見ながら分析する。


「野党の一団か……爪による裂傷……魔法の痕跡……ふむ」


ここの家主は、元々この周辺の土地を治める地主だったな。失踪してから村人達が誘拐されるようになった。


アランは不気味な静寂と共に廊下を進み、洋館の奥にある広間にたどり着く。ドアを開けると、そこにはかすかな蝋燭の明かりが広がっていた。床には古びた敷物が敷かれ、部屋の中央には大きなテーブルと椅子が配置されていた。


アランが広間を見渡すと、一人の女性が椅子に座っていた。彼女の外見は端正で美しく、綺麗なドレスを着ていた。


「久しぶりね、アラン」


エレナが静かな声で話しかけてきた。アランは眉間に皺を寄せながら彼女を見る。


「ミランダか……生きていたのか?」

「幸いにも私は出掛けていてね……。久しぶりに戻ったと思ったらこの有り様よ」


ミランダはため息をつきながら語り始めました。


「数年前に起きた異変の事で来たのよね?」

「まあな。どういう訳かダラスが消えてからここいら周辺で失踪事件が増えてなあ……? 主に若い男女や子供が頻繁に消えちまう。不思議だよなあ?」

「私の夫が突如として失踪してからよ……悪い噂ばかりが広がってそれ以来、私達は疑われるようになったのよ……野党も入り込んでくるしもう最悪よ」

「だろうな」


アランは鼻でフフッと笑いながら言った。


「玄関に死体の山があった。死後1ヶ月ぐらいは経過している」

「帰ってきてあれがあるのは最悪よ! あなた冒険者なんでしょ? なんとかしてよ」

「ミランダ、出掛けていたらしいがいつ帰ってきたんだ?」

「昨日よ。何が言いたいのよ?」

「そうか、昨日か。変だな……死体は玄関に向かって逃げるようにしてくたばってた。つまり一度洋館に入ってから殺された訳だ。死因の殆どは急所を的確に狙った裂傷と、斬撃系の魔法による内臓の損傷だ。この手口は吸血鬼がよくやる」


アランはカーテンの隙間から外の景色を覗く。


「私がやったって言いたいわけ!?」

「そうだ。演技が下手くそだな吸血鬼。もう少しマシな嘘でもついたらどうだ」


沈黙の後でミランダが不敵に笑う。


「はあ……まさかあんたが来るとはね。もう少し遊びたかったけどバレちゃったら仕方ないわね……」

「やれやれだぜ……」


アランは素早く抜刀し、吸血鬼が繰り出す見えない斬撃を弾く。


「嘘、この攻撃を弾くの?」

「慣れてんだよこっちは。お前、最近吸血鬼になっただろ?」

「不思議、全部お見通しなの?」


ミランダの皮がどろどろと剥がれ落ちると、そのには可憐な少女が姿を表す。

美しい金色の長い髪の毛と絹のような肌。真っ赤な瞳。

産まれたままの姿を気にすることなく佇む。


「そう言うことか……」


吸血鬼は人間の脳みそを食って情報を得られる。

こいつぁ……ミランダの娘か……? 

いや、確証がない。

まさか館に入って早々にいるとは思わなかったからな。


吸血鬼は殺した相手の皮を被って容姿を真似る……つまりコイツがミランダを殺したのは間違いない。

あの女には確か二人の娘がいたな。

吸血鬼の研究をしていたらしいがまさか自分の娘に吸血鬼の因子を入れたのか……?

娘のどちらかが病弱だったと話しには聞いていたが……やれやれ、よりにもよって子供を斬らなきゃならんか。


「この力、凄いよね。私、元々体が弱かったんだけどこの体になってからすごく調子がいいのよ」


吸血鬼が軽く腕を振るうだけでアランが立っていた場所が粉々に切り刻まれる。

その場にあったカーテンや家具、壁はズタズタに引き裂かれ瓦礫と変わる。

力任せの攻撃……やはり幼いな。

一応訊いてみるとしよう。


「お前、親はどうした」


アランは素早い身のこなしで吸血鬼の攻撃を避けながら質問する。


「お父さんとお母さん……お腹がすいていたから食べたよ。ずぅーっと食欲が抑えられないのはどうしてかなあ?」


首を傾げながら言う。

その直後に凄まじい斬撃の嵐がアランを襲った。

部屋中の家具や壁は切り刻まれ、壁には大穴が空いていく。

アランは見事な立ち回りと簡単なバックステップだけで吸血鬼が繰り出す見えざる斬撃を避けている。

斬撃で空いた穴から外へと脱出し、服に付いた土埃を払う。


「食欲が抑えられないのはその体が完全じゃないからだ。一週間に一人ぐらい食わねぇとしんどいだろ」

「うん。本当にそうなんだよね! おじさんなんでも知ってるんだね」


屋敷の壁が盛大に吹き飛ぶと、吸血鬼がニコニコとした笑顔で登場する。


「まあな。なあ、服ぐらい着たらどうだ?」

「男の人は女の人のカラダが好きなんでしょう? それなら最後に良い想いでもしてもらおうかなって? おじさんどうせすぐに死んじゃうだろうからさ、面倒くさい事はしないの。それよりもいろいろと試したいことがあるからさあ! おじさんで実験するね!」

「そうかい。残念だが、そうはならんよ」


はあ……クソガキめ。

吸血鬼が見えざる斬撃と魔法による飽和攻撃を繰り出す。


「天狼疾走」


地面や木々を抉りとるような攻撃。

それらがアランを狙って放たれるものと、面による攻撃の両方で襲いかかる。

アランはそんな飽和攻撃の隙間を掻い潜り瞬きする一瞬の間に剣の間合いに入った。

アランの剣が吸血鬼の首を断つ。


「え? 斬られたの?」


達人の領域。

ほんの数秒の戦闘。


首を斬ったと同時に飽和攻撃が一瞬で止んだ。

吸血鬼は何をされたのか分からない様子で首を傾げたその瞬間――ずるりと頭部が地面に落ちる。


「心臓も潰した。もうじきくたばる」


アランは剣を鞘にしまうと、煙草に火を付ける。


「クソクソクソクソ! 死ね! 死ね死ね死ね死ね死ね死ね! 私がお前なんかに負ける訳がないんだ!」

「いや斬られてるし。なんならお前、俺が投げた針にも気づいてないだろ」

「嫌だよお! まだ死にたくないよお!」


吸血鬼が泣きわめき始める。左胸を中心に、血管を伝って全身へ広がる毒の痕跡が浮きあがる。

……なんだコイツ、様子がおかしい。

いつもなら心臓を潰した時点で灰になる……。


「うわあああああああん! お姉ちゃん助けてよおおおおおお!」


もう一匹いるのか!?

だとしても何故灰にならん――。

アランが再度剣を抜刀し、剣を振るおうとしたその瞬間だ。


見えざる刃が間に入りアランの一刀を弾く。

首を斬った吸血鬼と容姿がそっくりの少女がもう一人アランの前に現れたのだ。


「クソが……」


激しい肉薄戦が始まる。

吸血鬼の爪と銀の刃が激しくぶつかり合う。


この吸血鬼は首を斬った方の片割れか。

顔がそっくりだな……。

そういえばミランダにはもう一人娘がいたな。

姉妹揃って吸血鬼か……やれやれ面倒だ。厄介事が増えてしょうがねぇ。


「繰血術――鮮血刃!」

「狼牙流七の型――月光」


吸血鬼が血の刃でアランを襲う。

アランは彼女の攻撃を受け流し、流れるようにして間合いに入り一太刀入れる。

吸血鬼は片腕を切り落とされると同時にアランを蹴り飛ばし、間合いを開ける。

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