第3-6話

ノアとエリナは温かなシチューの香りに誘われて、机についた。その前に置かれたお皿には、滑らかなクリームソースと野菜、肉が絶妙に絡み合ったシチューが満たされていた。


シチューは優しいクリーム色をしており、その上に浮かぶハーブの香りが心地よく漂っている。ノアはスプーンを手に取り、その先にシチューをすくい上げた。スプーンの上に載ったシチューは、まるで絵画のように美しい構図を持っていた。


ノアの舌がシチューに触れる瞬間、その味わいは彼女の口いっぱいに広がった。クリームの濃厚なまろやかさと、野菜の甘さ、肉のジューシーさが絶妙に組み合わさっている。ノアは目を閉じて、その味わいを楽しんだ。口の中で広がる旨味が、彼の内側に温かい感情を広げていく。


「エリナ、これ、すごく美味しいよ。君の手料理は最高だね」


ノアは感心しながら言った。


「ありがとう、ノアさん。ちょっとでも癒しになってくれたら嬉しいです」


二人は静かに食事を楽しんでいた。シチューをすすりながら、彼らの間には心地よい静寂が広がっていた。夜の闇に包まれた家の中で、温かい料理と友情が交じり合い、心地よい空気を創り出していた。


バゲットの香ばしい香りも、シチューの風味に加わり、より一層食欲をそそるものとなっている。ノアはシチューの具材を啜り、バゲットでソースを拭い取る動作が絶妙に織り交ざりながら、食事を楽しんでいた。


食事が進むにつれて、ノアとエリナの会話も自然と弾んでいく。彼女達は笑い合い、過去の思い出や冒険の話題に花を咲かせた。シチューの温かさとお互いの存在が、二人をより一層結びつけていくようだった。


食事が終わる頃には、お皿には満足げな表情と残りわずかなソースの跡が残されていた。ノアは満腹感と共に幸福感に包まれ、エリナに感謝の意を込めて微笑んだ。


「本当に美味しかったよ、エリナ。ありがとう」


エリナも満足そうに微笑みながら答えた。


「ノアさんが楽しんでくれたなら、私も嬉しいです。またいつでもお料理作りますよ」


彼らの友情と共に、シチューの香りと味わいはこの小さな家に心地よい雰囲気をもたらしていた。


「明日からリハビリも兼ねて依頼を受けようと思うんだけど、エリナもどうかな?」

「お誘いは嬉しいのてすが、試験の方は大丈夫でしょうか?」

「多分大丈夫かなー? 依頼を受けた後にかるーく受けてみようかなーって」

「ふふ。ノアさんらしいですね」

「そういえばベルは今どうしてるのかな?」

「ベルは今小さな魔法屋台を開いていますよ。日々ポーションといった薬品の材料集めに勤しんでいます」

「へー。忙しくなかったら誘ってみたいなー」

「市場へ足を運べは多分店を開いてるかもしれませんよ?」

「それなら明日依頼を受けるついでに寄ってみて誘ってみるよ」


ノアはあくびをして眠気を顕にした。


「二階にベッドがありますのでお休みになってください」

「いや、私はそこのソファーか床でいいよ」

「客人を床で寝かす訳にはいきませんよ」

「ご飯も貰って布団も貰うってなるとねー……あ、じゃあ100フェイリンでどうかな?」

「お金は大丈夫ですよ。どうぞお構い無く使ってください」

「そこまで言うなら遠慮なく……。ありがとう」


ノアはあくびをしながら二階へ上り、寝室へと入る。家具が無く殺風景で、シングルベッドが一つだけ置いてあった。

ノアは枕の下に数百フェイリン忍ばせると、横になる。睡魔が直ぐにやってくると、ノアは眠りについた。





翌朝、出発の準備を整えたノアとエリナがギルドへと向かう。

ノアの目的はバンガルフへの小切手を発行する為と、次の依頼を吟味する為。

エリナは生活費を稼ぐ為にノアと同行するのだ。


とはいえ、エリナは治癒魔法使いとしても、僧侶としても、冒険者としても半人前。資格保有者としては余りにも弱すぎる。

ギリギリ及第点といった程度の実力である。

一方ノアは、たったの5歳という年齢から最高位ランクに近いオリハルコンランクの冒険者であるアランに鍛え上げられている。


寝る時間と食事の時以外の殆どの時間を勉強と鍛錬に注ぎ込んできた。

エリナと行動するぐらいなら一人で行動した方が稼げるし、鍛錬にもなる。


「依頼はどんな内容に致しますか?」

「んー……死ぬ気で戦わないと死ぬようなヤツがいいかな」


ギルドの個室で二人は分厚い辞典のような依頼書の中から選ぶ。

ノアは眉間にしわを寄せながら死ぬ気で戦わないと死ぬような依頼を吟味している。一方のエリナは青ざめた表情でノアを見ていた。


「ノ、ノアさん? 今……なんとおっしゃいましたか?」

「ん? 死ぬ気で戦わないと死ぬようなヤツ?」

「そ、そんな死ぬような依頼だと私……不安なんですが……」

「私がいるから一応大丈夫だよ。なんだかんだであのデスクローラーも倒したし、それなりに実力あるから」

「あれ相当ギリギリでしたよ……もっと簡単な依頼にしませんか?」

「強くなるには死線を超えないと強くなれないんだ。死を感じて始めて人ってのは己の限界を超えられる。だからエリナも死ぬ気でやらないと死んじゃうような強敵と戦わないと自分の限界を超えられないよ?」

「ノアさんは怖くないのですか? 自分よりも強い魔物と戦うのは……死ぬかもしれないと思うのは怖いと思わないのですか?」

「そりゃあ怖いよ? 死ぬのだって嫌だし、死ぬのは嫌。だけどそれ以上に強くなりたいという欲求が勝つんだよね」

「それは……流石ノアさんですね。私ではとてもそういう気持ちにはなれそうにもありません」

「一度経験したでしょ? あれをあと歳の数だけ経験すれば嫌でも強くなれるよ?」

「あれを……歳の数だけ……」

「そんな気を落とさずに一緒に頑張ろう? 家も買ったんだしこれからが稼ぎ時じゃん」

「そうですね! お家も買っちゃいましたし一生懸命働いて稼ぎます!」

「その意気だ!」


ノアはエリナに向かって笑みを向けた。

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