第3-5話
ギルドの重厚な扉を後にした瞬間、太陽はすっかりと西に沈み、星々が夜空を煌めかせている。ノアは足元の石畳を踏みしめながら、ギルドでの試験のことを思い巡らせつつ、宿を見つけるために街の様子を観察していた。
星々が天空を彩り、深い夜が訪れていた。
その静寂の中、ふと、彼女の前に姿が浮かんだ。
「あれ、ノアさん?」
夜道でばったりとエリナと出くわしたのだ。
僧侶らしい修道服ではなく、どこにでもいそうな町娘の恰好をしている。少し伸びた金髪の髪の毛、青い瞳、そばかす。
肘からさげている籠の中には市場で買ったであろう野菜やハーブが入っていた。
「エリナじゃん。こんな時間にどうしたの?」
「丁度買い物の帰りでして。ノアさん私の家に寄っていきますか?」
「家?」
「はい。デスクローラーを倒した報酬で小さな家を買ったんです。良かったら寄って行きませんか?」
「家か……うん! 行く!」
「はい!」
二人は談笑しながら夜の街を歩く。
街の門を抜け、農地に来ると流石に暗い。踏み固められた道をランタンの光で照らしながら歩む。
「この辺りは農村地だよね?」
「はい。この辺りで安い物件があったので庭付きのものを買っちゃいました!」
「私もたまーに思うんだよねー。腰を据える家があればなーって」
「冒険者稼業はどうしても遠征して長い間家を空けてしまいますからね。なかなか帰れない状況もしばしばありますから家を持つって難しいですよね」
「エリナはどうして家を買ったの?」
「昔からの憧れなんです。私は両親が冒険者だったのですが、依頼先で死んでしまいましてね……。そこから知り合いの家を点々として落ち着けるような時間が無くて、学校とかにもうまく通えなかったんです。ある日を境に教会へ直談判して弟子入りしてもらって、そこからは冒険者として活動する為に治癒魔法と資格の勉強をしてたんです」
「それはそれは大変だねぇ」
「それで、一発逆転を狙っていざ冒険者になってみたものの……先輩冒険者さんに誘われてグロームスワンプに出向いたもののノアさんがいなかったら死んでいましたし……はあ」
エリナは大げさにため息を吐いた。
「でも今はこうして念願の家も手に入れたし、落ち着けるからいいんじゃないの?」
「そうですねーこれもノアさんのお陰です。ノアさんはどうして冒険者に?」
「私もエリナと同じようなものかな。私が五つの時に両親が吸血鬼にやられちゃってねー。そこからはアランに引き取られてストレイニルの方でひたすら修行の日々だったなあ……。寝るとき以外は筆をもって机に向かってるか剣を握ってるかのどっちかだったよ」
「それはそれで大変そうですね」
「酷いもんだったけど、その影響がなかったら今頃魔物の腹の中だったろうね」
「ノアさんの強さはきっと努力を積み重ねた先にあるものなんでしょうね。すごいです」
「それは確かにそうかも」
到着したのは見るからに中古の木造の一軒家だ。
「どうぞ上がってください」
エリナに案内され、玄関を潜る。
歩く度に床がギシギシと音を立てる古びた家だが、木造という事もあって温かみがある。引っ越したばかりなのか、必要最低限の家具しか置いていないので質素だ。
「すみませんね……ボロボロの中古のお家で」
「私は結構好きだよ? こういう古びた家って、自分で後から好きなように改装できるし、温かみがあって落ち着くんだ」
「そう言ってくれると嬉しいです」
「引っ越したばかりかい?」
「そうなんです。ノアさんがリハビリを頑張っていた最中に買いました」
「いいねー……。やっぱり家っていいよねー……」
「ははは。しみじみと言いますね」
エリナは椅子に腰かけているノアにお茶を出す。ランタンに明かりを灯し、エリナはキッチンに立つ。薪をくべて火打ち石で火を付けると買ってきた食材を包丁で切っていく。
「ノアさんは最近どうですか?」
「今日はいろいろとやったなー。新しい武器を買ったり、お昼ご飯にワイルドビーストでステーキを食べたりとか? あ、そうそうギルドに昇級しにいこうと思ったら筆記試験をしないとダメだあーって言われたんだよー」
「ノアさんのランクってどのぐらいなんですか?」
「シルバーだよ」
「ほ、本当ですか!? てっきりプラチナがゴールドかと思っていました」
「ランクってなんの意味があるの? ギルドからの信頼と貢献でランクが上がったりするのは理解しているんだけどランクがあがるからなんだーって感じなんだよねー」
エリナは不思議そうにノアを見た。
「ノアさんは冒険者ギルドの特別待遇枠をご存じないのですか?」
「特別待遇枠?」
「私のように多くの人が冒険者を志望するのは、大きな依頼を達成して大金を手に入れる事もそうなんですが、大部分の冒険者はプラチナランクに達成する事で得られる特別待遇が目的だったりします。その特別待遇枠というものが、プラチナランク以上の実力のある冒険者にのみ与えられる特権のようなもので、何もしなくても特権だけで毎月ギルドから20,000フェイリンが貰えるんですよ」
「毎月20,000!? それは……なかなかに好待遇……」
「そうなんですよ。20,000ももらえれば毎月それなりに貯金もできて、それなりに安定して暮らせますからね」
「贅沢はそんなにできないけどなにもしなくても貰えるお金があるなら最高だねぇ……」
ノアはお茶を飲みながらニヤニヤと笑う。
「私もノアさんのようにプラチナランクになれる実力があればいいんですけどねえ……。私の才能では現状維持が精一杯ってところですかねえ……」
「確かにそれはそう。でも、訓練すればちゃんと伸ばせる」
「そうですかねえ?」
「大丈夫。エリナは私が鍛える」
「ノアさんにそう言っていただけると嬉しいです。シチューできましたけど食べますか?」
「食べる!」
話に夢中になっている間に料理が出来上がったようだ。
エリナは二人分のシチューを丁寧にお皿に盛る。バゲットを籠に載せて机の上に並べた。
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