第2-5話

「ん……おはようミルカ」


ノアは目を覚ますと、真っ先に愛馬であるミルカに挨拶をした。ミルカを抱き枕のようにして干し草の上に寝そべっている彼女は、名残惜しそうに愛馬の頭を撫でて起き上がる。


洞穴の奥に設置された浴槽に目を向けた。彼女は僅かに残った焚火の火種から火を起こし、石を熱する。

厚手のグローブを付けて十分に熱された石を手に取り、浴槽に投入する。

冷たい水はぶくぶくと泡立ちながら温まり湯となって行った。


華奢な体に巻かれた包帯を解き、疲れた体を癒すためにノアはゆっくりと湯船に浸かった。暖かい湯が彼女の体を包み込み、心地よい熱気が全身に広がっていく。彼女は深呼吸をしながら、前日の疲れを癒していった。


浴槽の中でくつろぐノアは、戦闘の爪痕を浮かび上がらせる傷跡や傷ついた筋肉を眺めた。

15歳という若さでありながらその体には大小様々な古傷が残されている。


アランとの修行の殆どは実戦形式。魔物に殺されかけた事は数知れず、その傷跡はしっかりと体に刻まれている。

湯の熱さが彼女の体をほぐし、痛みやこわばりを和らげていった。次第に緊張が解けていくのを感じながら、彼女はリラックスした。


「ふう……」


しばらく湯船に浸かった後で満足した彼女は浴槽から出た。

ノアは清潔なタオルで身体を拭き綺麗な衣服に着替える。


浴槽の周りには衣類を洗うための道具が用意されていた。

ノアは手元にある洗濯板を取り、水桶の中に洗剤を溶かした。

この洗剤は複数種類の果物、ハーブ、植物油から作られたもので、汚れを良く落とし、爽やかな香りを残す。洗剤の香りは魔除けや虫除けの効果があり、香りが残っている内は多くの魔物を離す事ができる。


彼女は血しぶきや泥汚れのついた服を丁寧に洗い始めた。

力強い手つきで板をこすり、しみ込んだ汚れを取り除いていく。水桶の水は次第に濁り、ノアの努力の跡が浮かび上がっていきました。


洗濯を終えた後、衣服はきれいに洗われていました。

衣類を良く絞り選択紐にひっかけて乾かしていく。


「冒険者の心得! 汚い衣類はちゃんと洗う事! 感染症とか病気の原因になるから着替えもちゃんと用意しろ! うぅ……アランの声が頭に響くな……」


冒険者の荷物は多い。

ノアの様に一人旅、一人で冒険等をする場合は荷物を全て自分で準備しなければならない。

数日分の食料、衣類、メンテナンス用具、修理道具や工具、医薬品や薬。


無くなれば全て現地調達するか自作するしかない。ノアはこうした下準備、討伐対象の痕跡、倒し方や弱点の全てをアランに叩き込まれている。

過酷な場所での生存術は幼い頃に習得済みなのだ。


次にノアは朝食の準備に取りかかった。

朝食の献立は麦粥。前日に使用した緑黄色野菜や香味野菜の残りを用意。

まな板にディレンブライトの肉を載せて細かく刻み、ひき肉にする。そこに肉の旨味を引き出すために塩と僅かな香辛料を加えていった。


次にノアは玉ねぎ、ニンニク、ショウガを細かく刻み、フライパンで炒めていく。豊かな香りが洞穴に広がり、腹の虫が合唱を始めた。


前日に使用した野菜はきれいに洗い、細かく切る。


「おっと、お粥の準備をしないとだ」


ノアは思い出したかのように吊り鍋を用意した。

鍋に水を入れ、一人前の乾燥させた燕麦を入れて煮立たせる。


具沢山の粥を作るために、麦粥の炊き上がりに近いタイミングで、ひき肉と炒めた香味野菜、切った野菜を一緒に鍋に加える。

じっくりと煮込んでいる間に愛馬の食餌を用意する。


「ミルカちゃん干し草だよぉ〜沢山たべてねぇ〜」


ノアは鍋の前に戻り、ちょこっとだけ蓋を開けて中身の様子を確認する。

暫くして粥がいい具合に煮えた頃合い。鍋を火から離して味見をしつつ調整。


「もうちょい濃い目が好きなんだけど……塩も胡椒も高いからなあ……」


塩も胡椒も高価だから沢山は使う事は出来ないのが惜しいと感じながらも粥は完成だ。


ノアの手によって作り出された具沢山の麦粥は、栄養価が高く、消化にも良い朝食。ノアは粥を丁寧に盛り付け、温かさを感じながら食べる準備を整えていった。

魔物の討伐は死と隣り合わせのもの。体に力と体力を与えるためには食事は重要であり必要不可欠だ。

消化に良い粥を選んだのは良い判断だろう。


「いっただっきまーす! はむっ……はふっはふっはふっ……!! んーーーー! これはこれで優しくも深い味わいがあってたまりませんな!」


肉の脂が粥のとろみに溶け込み、旨味を口の中で爆発させる。火を通した野菜は甘く、料理の味を引き立たせる。

薄味であり見た目もさほど良くはない。しかし、この粥は確かに美味いのだ。

ノアは思わず夢中で食べてた。そして、あっという間に完食した。


「よし! 精力もついたし準備したらデスクローラーを倒しにいくぞ!」


ノアは食器を片付け準備を始める。





ノアは石のテーブルに剣を置き、砥石を手に取った。

砥石は剣の刃を整えるための道具。

ノアは集中して砥石に刀身をなすりつけ、繊細な動作で刃を磨いていった。彼女の手は確かな動きで砥石を使いこなし、剣の切れ味を向上させていった。


「切れ味は……悪くなってないね」


刃に軽く爪を当てて切れ味を確かめる。

爪を当てた時に感じる摩擦力が剣の切れ味を示しているのだ。その証拠にノアは研いでいた剣の刀身に適当な干し草を当てると、するりと真っ二つになった。


「銀の剣は問題なさそうだねぇ……流石ミスリル製の剣だ」


ノアは刀身に付いていた余分な水分を丁寧に拭き取り、鞘に納める。

砥石を退かし、彼女はポーチを石のテーブルに置いた。

丈夫な革製のポーチで、それぞれのポケットの中に薬品や小型の爆弾等を収納できるようになっている。


即時使える道具は金具で吊り下げたり、嵌め込める場所があってそれらを利用する。

これらの収納スペースが左右に四つずつ連なっていて、戦闘時などに即時使える物をこのポーチに収納していくのだ。

冒険者の殆どは、小型のポーチを体に括り付けて動き回り、戦闘する。

ポーチは小型で多くの小道具を持ち歩く事はできない。その為、倒す目標に合わせて持ち歩く道具を取捨選択する必要があるのだ。


ノアはポーチの一つ一つを点検し、不備が無いかを確認していく。


「ここの糸が解れてるな……」


裁縫道具を取り出し、針と糸を手に取り、丁寧にポーチの縫い目を修復していった。

針が静かに革に通り抜ける感触が伝わり、ポーチの解れが修繕されていく。

ポーチは再び頑丈になり、道具や素材を安全に収納できるようになりました。


ノアは剣のメンテナンスとポーチの修復が完了すると、満足そうに微笑んだ。彼女の武器と装備は再び最高の状態に戻り、次の戦闘に備える準備が整った。


「デスクローラーの生息域は知っているから……毒除けの錦草を予め飲んでおいた方が絶対に良いよね。それからあの大蛇は透過能力を持ってるから銀閃爆弾を持って行かないと。後は……切り札としてこの霊薬を持っていく……かぁ」


ため息交じりに真っ赤な液体の入った試験管を手に取る。


朱狼しゅろう活命湯かつめいとう……これがあれば恐らく容易に倒せるようになるけど……けどなんだよなあ……」


ノアは薬を片手に葛藤する。

悶々と葛藤し、最後には折れて大きなため息を吐いた。

修行をしていた頃の言葉を思い出したのだ。


「全てにおいて全力でやれ……手を抜くな……はあ。使わない事を祈りつつ念の為持っていこう」


ノアは必要な道具を全てポーチに収納していき――最後に剣を腰から下げて準備完了。


「それじゃあミルカ、いってくるね」


外套を揺らめかせながら彼女は出発した。


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