第2-4話
ノアは一人黙々と解体作業に励んでいた。
ディレンブライトとの激戦の余韻がまだ漂っており、剣術を使った副作用により筋肉が痙攣している。それでも刈り取った獲物を無駄にしない為にも作業を進めていく。
彼女はディレンブライトの目玉を手に取ると、その輝きに心を奪われた。
それはまるで宝石のように美しく、死んでも尚魔力を感じさせる光を放っていた。ノアはその目玉が薬や魔道具の材料として大いに役立つことを知っており、その価値を充分に理解している。
握り拳程の大きさの目玉を潰さないように専用の箱に入れて魔法の鞄にしまった。
しかし、目玉だけがノアの関心事ではなかった。彼女が特に興味を持っていたのはディレンブライトの体内に存在する「幻覚毒袋」という器官だ。
この器官は、その特異な特性からさまざまな用途に利用されることができる。
武器や魔法の杖、魔道具の製作において、幻覚作用と麻痺毒の強化に欠かせない存在なのだ。
ノアは慎重に幻覚毒袋を取り出し、その神秘的な構造を眺めた。
その器官は透明な袋状の形状をしており、内部には幻覚作用を引き起こすキラキラと輝く赤い液体がたっぷりと詰まっている。このぶよぶよとした毒袋は、ディレンブライトの攻撃における秘密兵器でもあり、その力を抽出すれば、より強力な状態異常攻撃が可能になるのだ。
ノアはナイフで少しだけ切れ込みを入れ、中の液体を瓶に移していく。
毒素をたっぷりと含んだ、煌めくどろっとした赤い液体がゆっくりと瓶の中へと入っていった。
ディレンブライトの内臓の中には食用に向かないものもが殆どだ。毒袋の影響で内臓には毒があり、強い臭みを放つ。とてもじゃないが料理には不適切な代物。
ノアはそれらを丁寧に処理し、食べられる部位だけを選り分けた。
ディレンブライトの肉はしいたけのような香りと強い旨味がある。程よい弾力と脂身がありとても美味なのだ。
しかし傘の部分には毒があり、触角は筋張っていて不味い。残った部分を丁寧に解体し、倒した五匹分の肉は凡そ50キロ分となった。
ノアは肉を魔法の鞄に詰めこんでそそくさとこの場から離れて行った。
☆
ノアはディレンブライトの戦いから帰還し、拠点である洞穴に辿り着いた。
その身にはまだディレンブライトとの激闘の余韻が漂い、力尽きかけた筋肉はピクピクと痙攣を繰り返していた。
壁掛け松明に火を灯し、椅子に座る
「やっと一息つける……はあ」
今すぐにでも干し草の上に横たわりたいところだが、そんな事は出来ない。
アランから受けた教育が、自然と彼女の体を動かす。
「疲れているとき程怠るな……だったね」
壮絶な技の連続使用は、ノアの身体に重い負荷を与えた。
筋肉は痛みと痙攣に襲われ、彼女の額には汗がにじみ出ている。
息を整えるので精一杯だ。
だからこその踏ん張りどころ。
ノアが先ず手にしたのは、グリーンエレガントの粉末とブラッドブルームから抽出した真っ赤な煮汁を水で薄めたものだ。
グリーンエレガントには鎮痛効果と傷を癒す効能がある。
彼女は粉末を口に放り込んで水で一気に流す。
ゴキュっと喉を鳴らし、苦味に顔を歪めて舌を出した。
立て続けに口の中に入れるのはブラッドブルームの抽出液。
ブラッドブルームの効能は血液の循環を促進させたり、疲労回復や体力の回復に役立つ効能があるのだ。
続いてノアは瓶の中に入っていたブラッドブルームの抽出液を一気に飲み干した。
此方の方の味は悪くなく、青臭いハチミツのような味がする。
「はぁ……ブラッドブルームはいいとしてグリーンエレガントはマズイな……。どうにか美味しく飲める方法は無いかな……」
と、愚痴をこぼす。
次に、ノアは湿布を手に取った。
この湿布は布にハチミツ、ブラッドブルームの抽出液、グリーンエレガントの粉末、クリスタルドロップの種子から抽出した油を染み込ませたものだ。
包帯からは香り高い薬剤が洞穴に広がる。その匂いは甘く爽やかな香りだ。
ノアがゆっくりと湿布を身体に押し当てると、冷たさとともに心地よい刺激が広がっていった。
疲弊した筋肉がゆっくりと緩んでいき、痛みと痙攣が次第に収まっていく様子を感じる。彼女は湿布の効果に身を委ね、身体の奥底から癒しの波が広がるのを感じた。
太もも、脹脛、二の腕――本来であればミイラのように全身に湿布を張り付けたいところだが、物資には限りがある。もっとも酷使した部分にのみ限定し、治療していく。
「次は夕飯の支度だね」
日が沈みかけ、辺りが暗くなり始めた頃合いだ。
壁掛け松明に火を付け、焚火を用意する。
火が洞穴を明るく照らす。
ノアは身体の疲れを癒した後、夕食の準備に取り掛かる。
彼女はディレンブライトの肉をたっぷりと使ったステーキのような料理を作ることを決めた。その肉は戦いの成果であり、ノアにとっては勝利の味でもある。
ノアは包丁を手に取り、まな板の上でディレンブライトの肉を適切な厚さにスライスしていく。
ディレンブライトの肉は白く、キノコの柄そのもの。肉を切っているというより、キノコを切っている感触に近いが、肉の様でもある。とても不思議な感覚が手に伝わる。
魔法の鞄に入れてあるため肉の鮮度が良い。
彼女は鉄板に油を塗り、肉を丁寧に並べた。
焚火の熱が鉄板に伝わっていき、肉を焼くいい音が洞穴に響き渡る。
炎が舞い上がり、肉汁が鉄板の上で弾けて踊る。
ノアはその焼き加減を見極めるために、肉に木のフォークを刺した。
「いい感じかも!」
彼女は微笑む。
彼女は自身の技術と経験によって、肉を完璧なまでに焼き上げることができたのだ。
ステーキの調理が終わると、ノアは盛り付けのための野菜やハーブを用意していく。彩り豊かな野菜はセントリアの農場で栽培された新鮮なものだ。手間になるような切り方はせずに、根菜や葉物野菜をザクザクと切って鉄板の上で焼いていった。
「香味野菜も忘れちゃだめだよね~♪」
細かく刻んでおいたニンニク、ショウガ、葉ネギといった野菜も刻んで鉄板の上で焼いていく。
肉も野菜も味付けはシンプルに塩のみ。
ノアは出来上がったディレンブライトのステーキを木の皿に乗せ、野菜達を盛り付けていく。
豪華でありながら見た目も美しい一皿を作り上げた。
「ん~……いい香り」
完成したステーキはジューシーで香ばしい香りを放ち、ノアの食欲をそそる。
「いただきます」
彼女は一口食べる前に感謝の言葉をつぶやき、肉を口に運ぶ。
口の中で弾ける肉汁はほんのりと甘い。厚切りの肉は風味豊かなキノコの香りで口いっぱいに広がる。
新鮮な野菜は火を通すと甘く、深いコクを生み出す。
肉と一緒に頬張れば肉汁に絡まりより深い味わいとなった。
「おいひい! 私料理の腕あがってるじゃん!」
その美味しさに満足げに微笑んだ。香味野菜と共に肉を頬張ればまた違った味と風味を見せ、ノアの口内を幸せで満たしていく。
ディレンブライトの肉が夕食の主役として輝いていた。
ノアは洞穴の中で、ディレンブライトの肉のステーキをたっぷりと堪能したのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます