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教室はいつもの何千倍も騒がしかった。高校生が朝からはしゃぐ話題なんてそうそうない(精々学校行事ぐらいだ)と思うが、一体何がこんなにも彼らを活気づけているのだろう。
こういうのは輪に入って話さなくても、座って聞き耳を立てるぐらいで情報は十二分に入ってくる。僕は喧騒に混ざらず、自席に腰を下ろした。背中がすっかり汗だくだから背を凭れない。猫背のまま鞄から筆記用具を取り出し、今日が締め切りの宿題にシャーペンを走らせた。書きつつ、周囲の声を聞くとどうやら「半透明の女の子」や「海神」というワードが複数回に渡って出ているようだった。なるほど。僕以外にも海神を知っている奴がいるのか。
ようやく終わったところでチャイムが鳴り、同時に息を切らした海子がバタバタと入ってきた。肩で息を切らすその姿は、これまで幾度となく見たものだった。そろそろ見飽きたぐらいだ。
「遅刻?」
海子は先生に今にも死にそうな顔で尋ねる。こんな真夏日によく倒れなかったな、と僕は彼女に感心さえした。
「セーフだ。でも気をつけろよ」
僕は苦笑する。飽きても、面白いものは面白い。
「さて、一限の前に注意しなければならないことがある」
先生は海子が席に着いたのを確認するとみんなを見回した。
「みんなは噂に聞いてると思うが……昨日、海神様を見かけた人間がいたらしくてな。記者たちがあちこちを歩き回っている。くれぐれも邪魔にならないように」
海神が危ない。いや、危機を感じているというよりは、彼女の尊厳が破壊されることを恐れていると言ったほうが正しいか。世の中の大人は自身の利益しか考えていない。雑誌の不倫報道も、何もかも、日常生活には必要ない。当人たちで勝手に揉めて勝手に解決すればそれでいいのだ。神様を未確認生命体のように扱う意味も分からない。
僕は「トイレです」と席を立った。「私も」と海子も廊下に出てくる。
「ちょっと待って、夏樹」
廊下を走っていた僕を海子が引き留めた。
「なんだ、てっきり海子も海神の様子を見に行くものだと思っていたが……。お前は僕を引き留めに来たのか」
僕は足を止めて、振り返る。
「当たり前じゃん。海神なら、撮られるよりも前に海に隠れられるのに、夏樹が先生の話が終わった途端外に出るもんだから驚いたよ」
「あのなあ、海子。たしかに、通常ならそれは正しい。でも、海神が陸に長時間——サイダーを切らすぐらいの長い間出てるのは普通じゃないだろ? 何か特別な理由があってそうしてるとしか考えられない。つまり、海神は現時点では海に帰れないってことなんだよ」
「え、サイダー切らしてたんだ……」
僕が言うと、海子は目を丸くしつつも納得したのか走り出した。僕も後を追い、校門前で追い抜いた。海子の足は思いのほか速く、苦戦した。
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