とある漁村の崖の上には石がひとつ。漁師の洋六は、その石を幼くして亡くした娘の墓標としているようです。そして、供え物の団子を持って彼が訪うのはその崖の岩の裂け目の先にある海蝕洞。
そこにはかつて、彼の網にかかった人魚が匿われていました。
言葉も通じず、何を望んでいるのかもわからない。けれど亡くした娘と同じ年頃で、彼に親愛に似た行為を示し、何より美しい歌声を響かせる彼女に惹かれているらしい洋六は、離れることも海に放つこともできないまま時を過ごしています。
ところがある日、誰も知らぬはずその場所に予期せぬ闖入者が現れ——?
本邦の人魚というと、西洋のそれとは違ってどちらかといえば妖しく恐ろしいものとして描かれることが多い気がします。
洋六の救った人魚はあくまで可憐で美しい様子。果たして彼女との出会いは洋六にとって救いとなるのか……?
この作者さんならではの美しく、けれど、それだけでは終わらない物語。
掌編ながらもぐぐっと引き込まれて忘れられない印象を残す、ぜひこの夏に読んでいただきたい一作です。