第48話
それでも、今思えば、そこで働いた意味は、あった。
それは、ある自閉症児との出会いがあったことだ。
不適切行動があり、トイレの介助が必要なその子には、必ず、指導員が一人付くことになっていた。
「あたなも仕事に慣れたら、自閉症児を担当してもらうことになるから」と言われたので、慌てて、先輩指導員がその子にしているケア方法を観察しはじめた。
すると、あることに気づいた。
健常児と同じルールで行動できるように指導しているベテラン指導員が担当のとき、その子は、同じ時間に、同じ理由で泣いていた。
「集団のルールがあるのだから、障がい者でも従わないといけない。例外はない」というスタンスに、その子の能力は追いついていないように見えた。
その子は、指導員から「障害者対応」の適切な関わりをしてもらえず、さらに、他の子どもからの暴力にも晒されていた。
そんな疑問から、ベテランや先輩指導員のやり方を真似るのではなく、もっと適切な関わり方があるはずだと考え、図書館で療育の専門書を借りまくって、自学した。
大学で、自閉症の概要や主たる症状を発達障害の知識として学んでいたが、療育を学んでいなかったので、自分で調べるしかなかったのだ。
ベテラン指導員は、保育士の資格はあるが、自閉症や発達障害について理解不足のようだった。
なんとかして、健常児と同じ振る舞いを自閉症児に躾けたいというスタンスで、「合理的配慮」は「甘やかし」と捉える人だった。
自学した本は、TEACCH 、ABA 、SCERTS。
そこには、その子が泣いている理由のヒントがあった。
その子が、穏やかに、笑顔で過ごせるためのヒントがあった。
そして、自分はそれを、実行してみた。
しばらくすると、その自閉症児は、いつも自分のそばに居たがるようになり、他の指導員を拒否するようになっていた。
面白いことに、自分と一緒に自閉症療育について自主勉強したもう一人の指導員のことも、自閉症児は受け入れていた。
つまり、何人も指導員がいるにも関わらず、その子が一緒にいたい人は、二人だけだった。
ある日のミーティングで、大学生バイト指導員が、「最近、私が担当のとき『〇〇さんがいい!』と言って、私を拒否するんですよね。〇〇さん、あの子に、何かしているんですか?」と、自分(=〇〇さん)に笑顔で質問してきた。
初めは、「好かれているなんて、光栄です」とごまかした。
なぜなら、自閉症児に拒否されているベテラン指導員からの嫉妬を感じ始めていたから。
日を追って、自閉症児の「〇〇さんがいい!〇〇さ〜ん!」と叫ぶ回数が増えていき、拒否された、そのとき担当している指導員が辟易し始めていた。
ミーティングで、そのことが問題視された。
これは、伝え時だろうか?
それならばと、ミーティングで、自分の読んだ専門書をいくつか紹介することにした。
それに沿ったことをいくつか実践しています、と。
紙に書いて渡しておいた「TEACCH 、ABA 、SCERTS」を、トップの指導員は「なんて読むんですか?」と、質問してきた。
脱力した。
その後のことを思い出すと、暗澹たる思いになるので、割愛したい。
しかし、学びは確実にあった。
拒否された指導員が問題視した、自閉症児が特定の人物と一緒にいたがる行動。
これは、こちらからの「あなたを想って、寄り添います」という気持ちの、その子なりのレスポンスだったと受け止めている。
お互いに、気持ちを言葉にしなくても、「態度」や「関わり」で伝えることができることを教えてくれたのだ。
その学びをさせてくれた自閉症児との出会いが、自分の価値観を大きく変えてくれた。
自分の可能性って、まだまだある。
あの子のおかげで、新しい自分に気付いた。
こんな自分の一面を、もう少し掘り下げて、探して行ってもいいんじゃないのだろうか。
自分探し、自分磨きをしてみたい。
ここから、スタートだ。
そう思った、出会いだった。
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