第49話

いよいよ始まった、新たなフェーズ。


学童で出会った自閉症児との経験を活かして、これからは障害を持つ子ども達と関わっていこうと、放課後等デイサービスに勤務することにした。


ここでは、心理学部卒は児童指導員任用資格になり、児童指導員としての勤務になる。


新規の困惑する場面が少なくなるようにソーシャルスキルを伝える、勉強のサポートをする、休憩中の雑談でリラックスした時間を過ごしてもらう等、こちらからの関わりで子どもの成長を促していく仕事だった。


その中で、どうやら、自分は話を聞くことが上手くできていることに気がついた。

子どもが、他の人には話していない胸の内を、打ち明けてくれるケースがたびたびあったのだ。

若い指導員は、そういうケースがあまりないらしいと、ミーティングでのすり合わせで確信になっていった。

つまり、子どもが話したい人は、誰でもいいわけではないということだ。

確かに、「〇〇さん以外の人とは話したくない」という子どももいた。


多感な高校生の子ども達が自分に求めるサポートは、「話を聞いてほしい」が多かった。

その内容は様々で、ときに、話すこと自体が苦しくなったり、涙が流れてしまうこともあった。

そんなときは、待った。

それでも、どこか話すことで心が軽くなるのか、帰りには笑顔で「さようなら」と、にっこりして帰っていく。


「あの人には話せないけど、あなたには聞いてもらいたい」という「あなた」になれた。


そうして、また、自分の持っている可能性に気がつかせてもらったのだ。


ところで、学童でも同じパターンだったが、放デイでも、後で来た指導員が「いい結果」を出すと、前からいる指導員が嫉妬する。

自分に都合がいいように、「あの人は、たまたまラッキーを積み重ねているだけ」と流す。

そして、以前から行っている成果の出づらい方法論を遵守して欲しいと、遠回しに押し付けてくる。

扱いづらかった子どもの調子が良くなってきたから、従前の指導方法でも対処できるでしょう、と。


おいおい、従前の方法を取らなかったから、子どもの調子が良くなってきたんだよ。

子どもの対応の上手くいっている人が、余暇にどれだけ心理学の本を読み漁ってヒントを探しているのか、知ろうともしないんだね。


そんな思いを押し殺して、出る杭にならないように気をつけながら、最大のパフォーマンスを子どもに行うのは、とてもストレスフルであった。

唯一、帰りに「さようなら」と言いながら投げかけてくれる子どもの笑顔が、自分の頑張りの原動力になっていた。


やはり、どんな仕事でも得るものはある。


現場の仕事を通して、机上では分からなかったことを知ることができた。

それは、「生きづらさを抱える子ども側に立つ」ことにより、必然的に、自分も同じ「弱者」となり、その生きづらさを味わうことだった。

自分自身が「障がい者」であったり、不適切な行動を子どもが取った時に周囲に「すみません」と謝る「障がい者の子どもを持つ保護者」になることだった。


そこで見えてくる、あっち側とこっち側の世界。


「こっち」を弱者側だとすると、「あっち」側の人は、とても優しい笑顔で「これができるようになるといいですね。あなたの、ここを直していけるといいですね」と、マジョリティの常識と正論を根拠に、「こっち」の繊細な世界を否定してくることに気がついた。


「こっち」の人は、こっちの独特の世界観の中で生きている。

その世界から、どれだけ一歩を踏み出して「あっち」の世界に合わせられるかが、SSTにあたると自分は理解している。

しかしながら、「あっち」の人は、少しでも「こっち」の人のソーシャルスキルが上がると、安全地帯として機能している「こっち」の世界を、捨てさせようとする。

「こんなに、できることが増えたのに、どうしてまだそんな変なことをしているの?」と。


いえいえ、「こっち」は、変わらなくていいのだ。

そのままでいい。

「こっち」の核に肉付けしていくように、「あっち」に合わせるスキルが増えていけば、それでいいのだ。

大切な「こっち」の世界を、否定したり、捨てさせるべきではないのだ。

両輪であるのが望ましいと思う。


こんな想いは、現場で子ども達と関わらなければ、自分の本当の思いとしてまとめることはできなかった。


やはり、感謝だ。


まだまだ、発達障害サポートの業界は黎明期といっていいかもしれない。

基本の方法論はあるが、その方法論を人間力を持って駆使できる人材が少ない。

なんといっても、大学生のバイトが多すぎる。


人生経験は、机上の知識を超える。

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