第36話
申請資料に沿って必要な書類を用意し、大学へ送り、無事に入学手続きが済んだ。
通信制大学への入学とは、こんなものなのだと、若干拍子抜けした。
学部は、心理と教育のコースを選んだ。
以前から、「人の心」について触れる学びがしたいと思っていたからだ。
分からないことを知る喜びがありそうだと、感じていた。
それとは別に、自閉症の当事者ドナ・ウィリアムズのテレビ番組や著書に触れて、「自閉症」についても興味を持っていた。
あるとき図書館で借りた「自閉症だった私へ」は、分厚い本だったが、寝る間を惜しんで、数日で読み切ってしまった。
あまりにもその先が知りたくて、読むのを止められなかったのだ。
どうしてだか、自分でも解らない。
そして、他者から軽んじられている自分と向き合い、赤裸々に、認めるには苦しすぎるほどの自分自身を、言葉で表現した著者に対し、尊敬の気持ちを抱いていた。
そんな分野も、学べたらいいかな・・・と、漠然と考えていた。
取り敢えず、諸連絡事項を聞くために、入学式に参加した。
参加者は、圧倒的にリカレントな年配者が多かったが、若者もチラホラいた。
式の後半では、学生生活を謳歌しているシニアたちが校歌を歌ったり、サークル活動紹介をしていたが、留守番している家族が気になり、スルーして帰宅した。
今、人との関わりから素敵な学びを得られるサークル活動などは、家事と育児に忙殺される子育て世代の自分には、無理ゲーなのだ。
子育てと学業を両立して、できれば4年で卒業し、学位を取得したい。
そして、資格を持ち「働く」ということを通して、社会復帰を果たしたい。
子どもが学校に行っている間の、家事の隙間時間と、家事が全部終わった夜の、就寝前の時間を、勉強の時間に当てた。
何年ぶりの勉強だろう。
使っていなかった座卓を引っ張り出してきて、自分の勉強机にした。
届いたテキストを読むと、「涵養」「敷衍」など、知らない言葉が並んでいた。
意味が分からなくて、スラスラと読み進められない。
悲しくも、自分の教養の低さを思い知らされた。
そもそも、なんて読む?
ひとつずつ調べては、テキストのページの端に、読み方と意味を書き込んだ。
だか、読んだ文章は、頭を上滑りするかのように、通り過ぎていく。
内容が、脳に染み込んでいかない。
記憶に定着しない。
どうすれば、効率が上がるのか・・・。
自分は、多分、視覚優位のタイプだ。
どんどんテキストに蛍光マーカーでラインを引き、そのページを目に焼き付ける作戦をとることにした。
そんな新しい挑戦と並行して、ホルモン剤治療のほうは、始まってから半年以上が経っていた。
残念ながら副作用が強く出始め、体調はすぐれなかった。
体が急に暑くなり汗が吹き出し、動悸と胸の締め付けで苦しくなるホットフラッシュの起きる回数が、多くなった。
ホットフラッシュの起きている時間は、きっと30秒くらいだろう。
だか、その数秒が、とてつもなく苦しい。
1時間に3、4回と起きるため、なんでもない時間が短くなっていった。
夜、しっかり眠れない睡眠障害も相変わらず続いていた。
そのせいで、日中、PCで教材の動画を静かに見ていると、突然の睡魔に襲われて寝落ちしてしまう。
その確率、100%。
それでも、目標は「単位試験を全科目一発合格する」と、決めている。
動画の寝落ちした部分をもう一度見直し、二度手間にうんざりしながらも、少しづつ前進を続けた。
一連の「今やるべきこと」が、心の支えになっていた。
そういう「目標」があったから、気持ちが壊れずにいた。
それくらい、体も心も、ホルモン剤の副作用に侵されていた。
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