第35話

今は、便利な時代だ。

大学の資料申請は、ネットで簡単にできた。

どこか、「本当に、これでいいのかな?」という、躊躇する気持ちを抱えながら、ドキドキしつつ個人情報を入力し、送信した。


自分の中では、届いた資料を見てから、大学で勉強したいと思っていることを夫に相談してみる予定だった。


しかし数日後、大学からの「資料請求ありがとうございます」のメッセージが、予期せず留守電に入っており、タイミング悪く、自分より先に夫がそれを聞いてしまっていた。


「これって、何のこと?」と、夫はとても訝しげに聞いてきた。


その夫の表情を見て、つい自分の気持ちが固くなり、強い口調で自分の計画を伝えてしまった。

ダメだなんて、初めっから言われてないのに。

「そういうこと、やりたいって思ったって、いいじゃない!!」

なぜか、喧嘩腰だった。

弱い犬ほどよく吠えるとは、このことだ。


夫は呆れながらも、「本当にやってみたいなら、卒業までにどれだけお金が掛かるのかきちんと調べて教えてね」と言った。

そして、自分の親は勉学に対してお金を惜しまず掛けてくれたから、自分自身もそういう価値観を持っていると、教えてくれた。

ちなみに、夫は大学院を卒業し、博士号をもつ物理の研究者だ。

説得力が、猛烈にあった。


なんだか、吠えた自分が幼稚に見えた。

本当に、バカだった。

でも、精一杯だった。

こういうわがままを言うことに、慣れていなかったから。


この時、自分はすっかり忘れていた。

結婚する前に、「俺が大学に行かせてあげるから、もう泣くな」と言ってもらっていたことを。

夫は、思い出していたのだろうか。


バカな自分は、バカのように救いようがなく、全くバカみたいに忘れていた。

こんなに大切な想いを。


あの時の優しい言葉が、現実に変わっていく瞬間だった。

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