第34話

やっと、放射線治療を無事終え、頻繁に病院へ通う治療期間が終了した。


体調は決して万全ではなかったが、これから、新たなリスタートだ。


取り敢えず、日々の家事、子どもの習い事の付き添いに忙殺される毎日が戻ってきた。

平日は、吐き気に悩まされ、午後には横になって休むこともあったが、週末は、敢えて予定を立て、家族で出掛けるようにした。

海を見ながら牡蠣小屋でランチ、近場のサイクリング、子ども向けの富士山麓洞窟探検、そして、久しぶりのキャンプ等々。


楽しい非日常は、気持ちに栄養を与えてくれた。

明るい日差しは、心を軽くしてくれた。


そして、いつもの生活を取り戻しつつあった。


久しぶりに、大切なママ友に、ランチのお誘いをした。

がんの報告をすると、静かに涙を流してくれた彼女だ。

無事に元気で会えたことを、喜んでくれた。

とりとめのない雑談が、本当に楽しかった。


その雑談の中で、自分の「死ぬまでにしたいこと」の「大学を卒業して学位を取得したい」という思いを口にしたとき、彼女から、思いがけないヒントを貰った。


自分が入りたいと思っていた通信制大学で、彼女が既に学んでいたのだ。

「将来、自分がひとりになった時、役に立つと思って心理学の勉強を始めた」と教えてくれた。


そうそう、自分は大学で心理学を学びたかったのだ。

なんたる偶然!

ここに、先駆者がいたとは!


一気に、自分の「そうできたらいいな・・・」の思いが、現実味を増した。

なぜか勝手に、運命に後押しされているような気持ちになった。


だが、いつもの思考グセが顔を出す。

卒業するまでに、どれくらい費用が掛かるのかな。

自分にそんなお金を掛けるくらいなら、子どもに掛けた方がいいんじゃない?

元取れないかもしれないから。

そんなことして、なんの意味がある?

今じゃなくても、いいんじゃない?


しかし、新たな思考回路がもうひとつ、命と向き合った今の自分には、出来上がっていた。

「後でやればいい」の「後」は、もう来ないかもしれない。

やりたいことを後回しにする時間は、もう無いかもしれない。

もう、「いつか、後で・・・」は、止めにしよう。


それは、「思ったなら、行動する!」ということだ。

彼女と話したおかげで、行動に移すハードルがグンと下がった。


自分のために、新たな一歩を踏み出してみようと思った。

死ぬ時、「やっぱり、やってみたかった。やっておけばよかった」と、後悔しないように。


まずは、資料請求してみることにした。

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