第33話
健康診断でしこりを発見されてから、検査、入院、手術、ホルモン剤治療、放射線治療と、必要な標準治療を次々とこなして7ヶ月が過ぎた。
振り返ると、確実に人生のターニングポイントになるような、怒涛の数ヶ月だった。
季節は夏から秋冬を越え、春になっていた。
頻繁に病院へ通う時期は終わり、これからは1年に1度、エコーとマンモグラフィーを受け、3ヶ月毎の診察時に、ホルモン注射と薬の処方箋を出してもらうだけになる。
ホルモン剤治療を始めて約3ヶ月が経ち、ホットフラッシュが本格的になっていた。
体が急にほてり、汗が噴き出すのはもちろんのこと、胸が苦しく、激しい動悸も伴う。
就寝時、ウトウトと寝入りそうになると決まってホットフラッシュが起き、眠りたいのに眠れないという日が続くようになった。
入眠剤を使用していたが、効果は4時間ほどしかない。
夜中にも数回ホットフラッシュが起こり、その度に次の眠りになかなか入れず朝を迎える日々だった。
完全に、睡眠障害を起こしていた。
放射線治療が終了して1ヶ月以上経つと、乳房の開いていた毛穴が小さくなり、元の状態に近づいてきた。
これは、自分的に嬉しい変化だった。
しかし、体調は思わしくなく、吐き気で食事が取れない日が多くなった。
久しぶりの診察で体調不良が続いていることを医師に伝えると、「一旦ホルモン注射を中止しましょうか?」と提案されたが、できる治療は全て受けたいという希望を伝えた。
3ヶ月用の太いスティックを注射で腹に打ち込み、ホルモン剤と入眠剤の他に、漢方も処方してもらうことにした。
自分は、大学病院の周りの混んでいる薬局ではなく、自宅近辺の比較的いつも空いている薬局を利用している。
通常の風邪や花粉症の薬を処方してもらう時も、そこを利用しているので、一括管理してもらっているかんじだ。
だが、わざわざ空いている薬局を使うのには、他に大事な理由がある。
偶然知り合いに会って、病気のことを知られたくないのだ。
それが、どんな疾患であれ。
通常、薬局の窓口カウンターでの、薬剤師が質問し患者が答えるやりとりから、「大体こんな病気なのね」とバレてしまう。
どうしたって、狭い薬局に居合わせた人々は、聞くつもりがなくても、皆その会話を聞くことになるから。
残念ながら、どこの薬局も、プライバシーを完全に無視したシステムなのだ。
その、自分があえて利用している、比較的空いている薬局は、支店がいくつかあり、利用する度に、薬剤師の面子がコロコロ変わる。
今回担当してくれた薬剤師は、おしゃべりな年配女性だった。
タイミングが悪く、薬局内には薬を待っている人が数人いた。
知り合いの知り合いだったりしたら、嫌だなぁ。
「はい、タモキシフェンですね。入眠剤と、漢方。あぁ!あの病院の、乳腺科の〇〇先生の処方ね〜。あの病院のすぐそばにある支店にいつも私いるから、よく知っっているのよ〜、乳腺科の先生のこと!」
「すみません、周りの待っている人に、病気のことを知られないように話して欲しいのですが・・・。」
「あ〜、そうなんですね〜。でも、あの病院は乳がん治療などで有名ですよね〜。あの乳腺科の先生はね〜、確か○△□○なのよ〜。私、結構詳しいのよ〜」
すげー、ご機嫌で自慢してきた。
だからなんなんだよ。
その口に、ファスナーが必要だな。
次に利用するときは、気をつけなければいけない、厄介な人だ。
そもそも、毎回、不満に思っていることがある。
病院では、慎重に、プライバシーを尊重してもらえるのに、その後の薬局で、個人情報ダダ漏れにされるのは何故だろう?
実際、薬局で、薬の飲み合わせなど確認してもらえるのは、本当にありがたい。
しかし、それを他人に聞かれたくないのだ。
毎回行う「ホットフラッシュや吐き気など、副作用が出ますが、どうですか?」
「はい、あります。でも、仕方がないと理解して、服用しています。今回、漢方も処方してもらっています」
というやり取りだって、不毛だ。
これから10年間服用するのに、毎回、聞かれるのか?
「はい、とても苦しいので、他の薬はないですか?」と本音を返したら、お前の権限で薬を変えられるのかよ。
ってか、それ以外の、副作用のない薬がどこにあるんだよ!
副作用があったって、こっちは、飲むしかねぇんだよ!!
それは、病院の医師と話し合って処方してもらったものだから、その質問、無駄なんだよ!
その質問で、何点、報酬稼いでるんだよ!!!
と、ホルモンバランスの崩れた思考回路が爆発するのだ。
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