第32話
放射線治療が始まり1週間も経つと、放射線が当たっている部分にヒリッとした痛みと赤いポツポツが出始め、少しずつ変化が現れていた。
2週間経ったあたりで、前述した皮膚の剥がれが起こった。
さらに、乳房の外側にも水ぶくれができた。
そして、照射された乳房全体が赤くなり、張って固くなってきていた。
まるで、真夏の海で日焼けをした時の皮膚のようだ。
放射線医師は水ぶくれを見て、「次から次に大変だね(笑)」と言った。
全然、笑えませんけど。
こういうときに、やはり体験ブログは役に立った。
他にも似たような症状の人がいて、乗り越えている。
それを知ることで、どうやらなんとかなりそうだと、自分は、前向きに先を見通せるようになった。
闘病患者として、気持ちを正常に保つためには、このステップが必要なのだ。
残念ながら、医師のアドバイスにはそれが、無い。
だからこそ、本当に、それぞれの個人体験を共有してくれているブロガーに、感謝だ。
なぜか、肩や肋骨が痛み始めた。
腕に力を入れて物を持ち上げようとすると、肋骨上部の痛みで力が入らない。
痛みのある右側が下にならないように、就寝時の体勢に気をつけてみた。
放射線医師に相談すると、「放射線は肩や肋骨に当たっていないから、照射の時の両腕を上げる姿勢のせいなんじゃない?」と、軽く受け流された。
そうだろうか?
採血して調べていた白血球の数や炎症反応などは、正常だった。
ここに異常があると放射線治療が続けられなくなるので、いい結果が出て、安心した。
どうせなら、イッキに治療は済ませてしまいたい。
3週間経つと、乳首の色がかなり濃くなり、擦れると痛むようになった。
乳房の皮膚は、毛穴が大きく開き、おまけに個々の毛穴の中心が黒くなり、まるでイチゴの表面ように変化していた。
とてもグロテスクな見た目になった。
照射を受けていない左側のスベスベした乳房と見比べては、治療が終わればこんな風に戻るのだろうか・・・と、ため息をつきたくなるような気持ちになった。
放射線医師の診察では、「順調ですよ」とのことだった。
前回受け流された肩や肋骨の痛みについて、「その後、どうですか?」と聞かれ、「痛みは少なくなってきています」と答えた。
気のせいと片付けられたと思っていたので自分から触れなかったが、気に掛けて医師から質問してくれたことで、どういうわけだか安心できた。
4週間経つと、乳房の皮膚はパキパキに乾燥して今にも剥がれそうになっていた。
見た目のグロテスクさと、乳首を含めた乳房全体の痛みも続いた。
5週間経ち、乳房の状態は依然として酷い有様だった。
しかし、ホルモン剤治療の副作用の吐き気や頭痛に悩まされながらも、なんとか無事に5週間通い続け、必要回数の放射線治療を受け終わることができた。
放射線医師からは、「これから半年間、長引く咳などの風邪症状があったら、放射線による肺炎かもしれないので、その場合は連絡ください。1%の割合なので、あまり心配はいらないけれど」とアドバイスをもらった。
そして、「通常の風邪は、かかりつけ医に行ってください。放射線のことは、話しても分からないと思うから、言わなくていいんじゃない〜」と、最後まで独特なノリで伝えてくれた。
嫌いではないけど。
色々思う所があった一連の放射線治療の中で、ひとつ、自分は大事な貢献をした。
通常は2人の放射線技師が照射室にいるのだが、あるとき、若い青年も待機しており、3人いた。
「おや?」と思っていると、ベテランのジェントルマンな男性技師が「インターンの技師に、見学をさせていただけないでしょうか」と依頼してきた。
「いいですよ」と即答すると、ベテラン技師は「いいんですか?!あの、断ることもできますけど、いいんですか?!」と驚いていた。
そして、「ありがとうございます」と、インターンと一緒に感謝をしてくれた。
感謝をしたいのは、こちらの方だ。
治療とはいえ、見知らぬ多くの男性に裸の上半身を晒すことは、女性患者にとって、辛いものだ。
それでも「生きる」ために、何度でも裸になる患者に、寄り添うように配慮をしてくれるジェントルマンなベテラン技師が、ここにいる。
この配慮と、技師としての技量を身につけてきた過程に、どれだけの患者たちがいたのだろう。
まだ未熟だった技師が、多くの患者たちの臨床から、この配慮と技量を培わさせてもらったはずだ。
今、自分がこの配慮を、ベテランになった技師から受けているのは、過去の患者たちのお陰なんだと、思っていた。
だからこそ、これまでの患者たちへの感謝と、これから治療が必要となる人のために、ひとりでも多くのインターンが、この素晴らしいベテラン技師の姿を学んで欲しいと思い、即答で了承したのだ。
家に帰って、インターンの見学話を夫にしていると、「ダメ!ダメ!断って!」と、途中で話を遮った。
これからのことだと思っていたらしい。
「もう、しちゃったよ」と、了承した理由を伝えている最中、ずっとなんともいえない表情を夫は浮かべていた。
自分は、大切にされているんだな、愛されているんだな、と実感した。
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