第30話

ホルモン剤治療が始まって約1ヶ月が過ぎると、突然、めまいや吐き気に襲われたり、コントロールの難しいイライラや怒りが湧き上がるようになった。

それなのに次の日には、嘘のように症状が治まり、気分も軽い。


明らかに、ホルモン剤による副作用が始まっていた。

これはいっときの体調の揺らぎで、薬に体が順応したら落ち着くかもしれないと、淡い期待を抱きながら、体調不良を我慢していた。


並行して、放射線治療は1週間ほど経っていた。

テープやペンでマークした部分は、印が消えないように、入浴中も注意しなければならない。

それでも、皮膚は新陳代謝をし続けている。

ちょっと触ると、垢がポロポロ出てくるようになった。

人間の皮膚って、こんなに生まれ変わっているんだと、改めて思わされるほど、垢が貼りついていた。


放射線技師は、50代とそれ以上の年齢に見えるベテラン男性2人のコンビが、担当することが多かった。

言葉ひとつひとつに気を使い、静かに必要なことを伝えてくれた。


患者は、検査着を脱いで台に横たわり、照射が始まるまで、胸にバスタオルを掛けて待つ。

どのみち上半身裸で照射を受けるのだが、その検査着からバスタオルを掛ける途中に胸が露わにならないよう、顔を背けながら手伝ってくれた。

そういう配慮が、とても嬉しかった。


本来なら、何人もの見知らぬ男性に上半身を見せるなんて、嫌に決まっている。

だが、今それができるのは、「生きる」ためだ。

そんな患者の究極の覚悟に、寄り添ってくれているような気がした。


元来、肌の弱い自分は、またテープにかぶれていた。

ずっと我慢していた、乳房の下の、マークのため貼ってあるテープ部分がとても痒いことを技師に伝えると、それなら取りましょうと、ゆっくりテープを剥がしてくれた。

そして、技師の動きが止まった。

その2人が、息を飲むように剥がしたテープ部分を見て、固まっていたのだ。


どうしたんだろう?


「剥がしたテープの部分の皮膚が、少し剥がれました」そう伝えられた。

鏡で確認すると、確かに「ほんの少し」剥がれていた。

だが、技師たちは真剣に、これは放射線医師に伝えなければいけないと、相談していた。


これだけで?


そのとき自分は、この状態の深刻さに気づいていなかった。

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