第29話

これから4週間、ウェークデイは毎日病院へ通う。

億劫に感じても、必ず出掛けなければならない。

そういうことなら、どうせなら、自分にとって少しでも楽しい「お出掛け」にしたい。


折角なら、昔のお気に入りの服を引っ張り出して、「おしゃれをして出掛ける」縛りをつけてみよう、そう思いついた。

そのためのコーディネイトを考える作業は、自分にとっては楽しい時間だ。

いつもの、カジュアルな、子どもの学校へ行くときの保護者ファッションではなく、独身だった頃テーマにしていた「少しカッコイイ」テイストにしたい。

どんな服がタンスに眠っていたっけ。

また、出番を作ってあげよう。

まだ、サイズは大丈夫かな?


なんだか、ワクワクしてきた。


久しぶりに、ヒールが高いブーツを履いて、颯爽と病院へ向かった。


同じ時間の電車に乗り、同じ時間に地下へ向かう病院のエレベーターを待つ。


そして、数日経つと、あることに気づいた。


自分の後に、毎回、同じ女性がエレベーターに乗り込み、地下に着くと、サッと先に降りて行く。

自分より先に、放射線科の受付に診察カードを提出し、先に放射線を受けて帰る女性がいるのだ。


予約枠は15分刻みになっており、どうやら同じ枠内の人らしい。

自分は、毎回、エレベーターに先に乗ると奥に立ち、扉が開くと、横壁面にある「開」ボタンを押して最後に降りていた。

そのため、受付に行くのも最後になり、放射線を受ける順番が毎回彼女の後になり、約15〜20分は待たされていた。


数日は、なんとなく漠然と、エレベーターに後で乗り込んできて先に降りる彼女を見て、「お先にどうぞ」という習慣の無い人なんだな、としか感じていなかった。


が、一週間それが続くと、ちょっと自分としては抵抗感が出てきた。

「我先に」精神で、「ふふっ、今日もうまくいったわ」と毎回その人が思っているとしたなら、腹ただしい。

なんとかしたい。


その人は、絶妙なタイミングで一緒のエレベーターに乗り込んでくる。

しかも、最後に。

一緒にエレベーターを待っているのなら、自分が立ち位置を変えて待ち、後で乗り込んでいく方法もありそうだが、その人はいないのだ。

エレベーターが開いたときに、どこからともなく現れる(ように見える)。

絶妙なのだ。


自分と同じ電車で来ているのだろうか?

ならばと、電車から病院までの道のりをいつもより早足で歩いてみたが、結果は同じだった。

今の電車の時間は丁度いいので、こんなことで早めて、家を出る前の家事の時間が削減されるのは悔しい。

でも、こんなつまらないことでイラッとしていたくはない。

でもでも、家を出る前の時間でも、病院に着いた後の時間でも、自分から削減される時間は同じだ。

じゃぁ、やっぱり、一本早い電車で行くことを試してみよう、と決めた。


というわけで、やってみた。


前の時間枠の人が終わるのを待つ必要があるが、当然、いつものあの人はおらず、順番は自分が先になった。

そして、自分が帰り支度をするときに、椅子に座って順番を待っている彼女を見かけた。

自分は、お気に入りのブーツを履いて、背筋をスッと伸ばし、「やったぜ」と思いつつ、その人の前を横切った。


なんという、達成感!

清々しいじゃないか!!

これから、これで行こう!

誰かに待たされる時間より、自分が選んだ時間の使い方のほうがいい!


つまらないことで、いろいろ思考しすぎてしまった。


自分がエレベーターで後乗り先降り状態になったときは、「すみません、ありがとうございます」と言いつつ降りたり、一歩横にずれてボタンを押しつつ「お先にどうぞ」を気持ちよく言える人になろうと、心に誓った。


そんなときはいつも、やってるけれど。

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