第28話

手術からほぼ2ヶ月が経ち、この間はいろいろあったが、ついに放射線治療が始まった。


通常は術後5週間後くらいで放射線治療が開始されるらしいが、病院の都合で、自分の場合はそれより3週間遅くなる。

たったそれだけの違いでも、今の自分の不安を掻き立てるには十分だ。

放射線専門の医師に質問すると、「既にホルモン剤治療を始めているし、術後5週間後という基準も変化しつつあるので問題ないのでは?」という見解が返ってきた。


まぁ、そうだろう。

どっちにしたって、スケジュールは決まっている。

聞く必要は無かったかな。


胴体に、放射線を照射するときに必要になるマークを、赤ペンとテープで付けられる。

放射線技師に、肌が弱くてかぶれやすいことを伝えると、テープの数を減らしてくれた。

こういう配慮が、本当にありがたい。

単純だが、心が、すっと穏やかになる。


放射線治療が始まると白血球が減るため、風邪などの病気にかからないよう気をつけるように、とアドバイスをもらった。

ついでに、アルコールもNGとのこと。

心が、ちょっと乱れた。


放射線を受ける場所は、病院の地下にある。

予約をしている数人が、廊下の椅子で順番待ちをしている。

自分と同じ様な年齢の女性もいたが、仕事の途中で来たようなキャリアウーマン風の人、小さい子どもを連れたまだ30代くらいの若いママさんなどもいた。

年配の男性もおり、看護師と話している声から判断すると、前立腺がんのようだった。


それぞれが、生きるために、この地下へ放射線を受けに来ている。


まずは、これからの放射線を受けるルーティンを看護師から説明を受けた。

この説明をする役割だけの看護師がいる。

またも、ニッチな仕事の人に会った気分だ。

どこか彼女はおどおどした雰囲気のある人で、説明もあまり上手ではなかったが、自分が静かに説明を聞いていると「最後まで、私の話を丁寧に聞いてくださりありがとうございます・・・」と、消え入るような声で、感謝の意を伝えてきた。


きっとこの人は、他者から見下される経験の多い人なのかな、となんとなく思った。


その後、彼女が年配の男性にルーティンを同じように説明しているシチュエーションに遭遇した。

すると、男性は彼女に

「近くに寄るな!そんなに近くにこなくても聞こえる!」

「はい、すみません」

「また、近くに寄ってきたぞ!離れろ!」

と、とても横柄に言葉を吐き捨てていた。


この頃、もうたっぷりと死と向き合ってきたために、自分は気持ちに変化が起きていた。

魂が少し清らかになっていたとでも言おうか、ちょっと聖人がかり、「いいよ、いいよ、そんなこと〜。私は、あなたを許します〜」というモードが強くなっていたのだ。


しかし、先述した男性のように、自分の置かれた境遇に納得ができずに、他者に八つ当たりでもするかのように怒りっぽくなる人もいるのかな、とそのやりとりを見ながら考えていた。


あのニッチな役割の看護師が発した言葉は、そういう患者を何人も相手にしてきたからこその、「ありがとうございます」だったのか、と思った。


地下に用事のある人は、自分の命とがっつり向き合っている人ばかりなので、軽症の患者や付き添いの人が入り混じっている上階の空気の軽さが、地下には無い。

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