第27話
登校班では、うちの子どもと同学年で、普段から一緒に遊んでいる子が二人いる。
当然、その保護者達と自分も、より近い関係性を持っている。
その保護者達は、すでに役員経験があったので、くじ引きや話し合いは免除されて、一連のやり取りを遠巻きに眺めていた。
話し合いが終わり自宅に引き上げる道中、先ほどの自分の入院の話を聞いて、二人は困惑を隠しつつ、笑顔を作って一緒に歩いていた。
このままにしておくことはできない・・・と感じた。
自分の体調を鑑みると、近くに親戚がいないため、もしかしたら、彼女達にヘルプを出さざるを得ないことがあるかもしれない。
その時に伝えるのは、遅すぎるのではないか・・・。
何よりも、あの困惑を取り繕うような笑顔を見てしまった今、きちんと説明しなくては、今後の関係性がギクシャクしてしまいそう・・・、そんな予感がした。
自分の「そうしたい」生き方とは裏腹に、またも、自分の病気、現状を伝えなくてはならない。
とても不本意だが、子どもの学校生活のためにはやむを得ない選択だと、自分をなんとか納得させ結論をだした。
二人には、自宅に来てもらえるかメールで打診をした。
一度で済ませたかったが、それぞれ予定があるようだったので、2回に分けて来てもらうことにした。
子どもは、しょっちゅう自宅に友達を連れてきて、賑やかに遊んでいたが、自分が保護者を招待するのは初めてだった。
それぞれに、手作りのシナモンパンとパウンドケーキを焼いて、待った。
それなりの気構えを持ってきてくれる二人には、無駄な同情心を抱かせないよう、なるべくライトに病状を伝え、「これから始まる宿泊研修などの説明会に行けないことがあったら、情報をもらえると助かる」等を、伝えた。
一人は、「そうだったんだ。うちの子どもは、〇〇ちゃんがキッズクラブを利用する時に、誘ってくれないことを寂しがっていたんだよね〜。一緒に遊びたかったって」と、話し始めた。
自分のことで一杯いっぱいだったからか、想定外の打ち明け話しに、驚いた。
キッズクラブは、4時までは自由に小学校の生徒が利用でき、それ以降6時までの利用は、事前申請が必要な仕組みになっていた。
自分が通院や入院している間は、6時までキッズクラブで子どもを預かってもらい、夫が迎えに行っていた。
頻繁に利用するにあたり、義父の苦い経験から、「お母さんが入院していると、友達に言ってはダメだよ」と、子どもには口止めをしていた。
しかし、今まで、ちょっとした親の用事で4時までキッズクラブを利用する時は、「よかったら、その日はキッズクラブを一緒に利用しませんか?」と、保護者同士で連絡を取り合い、何度も子どもを一緒に遊ばせていたのだ。
だから、誘われなかった子どもが、不満を抱いていた。
そうだったのか。
こちらの考えの外で、そんな風に思ってる人がいたのか。
自分、そして自分の家族のことで精一杯で、子どもの友達のことまで考えが及ばなかった。
人間関係とは、本当に複雑だ。
しかし、これで誤解が解けた。
もう一人の保護者は、嬉しそうにケーキを持参してきた。
初めの保護者と同じ話を伝えると、彼女は、義母が乳がんで亡くなった話を始めた。
これは、自分の姉に伝えた時と同じパターンだった。
もう、慣れっこだ。
へぇ〜、と聞いた。
普段、相手を傷つけないよう言葉を選んだり、他人の陰口を絶対言わないように気をつけている人だったので、なんとなく意外な反応だった。
明るく会話をしつつも「長居はしないほうがいいよね」と配慮してくれ、早めに帰ってくれた。
本来の彼女らしかった。
とりあえず、やるべきことは、終わった。
夜、帰宅した夫に、この一連のことを伝えていると、話している最中に息が吸えなくなり、指が硬直し激痛が走り、その硬直と痛みが、四肢に及び始めた。
苦しい!
怖い!
苦しみもがいていると、だんだんとその硬直の痛みが和らいでいく。
なんなのだろう。
これは、なんなのだろう。
すると、また四肢が硬直して痛み出す。
自分の体がコントロール出来ない!
苦しい!
怖い!
怖い!
夫は、何が起こっているのか分からないようで、困惑している。
自分だって、何が起こっているのか分からない!
怖い!
子どもは、もうぐっすり眠っている。
この子は、一度眠ると朝まで絶対に起きない。
一人にしても大丈夫なはずだ。
とにかく、病院に行きたい!
今すぐ、助けて欲しい!!
「救急病院に連れて行って!子どもが寝ているうちに帰ってこられるはず!とにかく、病院に行きたい!苦しい!苦しい!!」
なにがなんだか分からないといった顔の夫に頼み、救急病院に行くため車を出してもらった。
車の助手席でも、また息が吸えなくなり、四肢が硬直し激痛が走る。
怖い、死にそう!!
救急病院にたどり着くまで、耐えられるだろうか。
怖い、苦しい、助けて!
すると、いつもは素通りする消防署が目に入った。
救急車が待機している。
「消防署に行って!救急車で運んでもらいたい!!」
夫は、「???」をいっぱい頭に抱えながら、消防署に寄ってくれた。
控室から隊員が出てきたので、自分で症状を話して「搬送してもらいたい」と伝えた。
すると、さっきの極限の苦しみが和らいできた。
「症状に波があって、今は落ち着いてきました。このくらいで救急車を利用するのは、間違っていますよね。すみません」と言うと、隊員が「それを分かっているなら、いいですよ。今、搬送できますから乗ってください」と承諾してくれた。
それから、また車内で症状が強まり、「これなんです。こうなるんです」と訴えた。
救急病院に着くと、車椅子がすでにスタンバイされており、それに乗って診察室に向かった。
本当に、ありがたかった。
血液検査をしてもらっている間の診察中にも、また息が吸えなくなり四肢が硬直した。
「こ、これです。苦しい!すごく痛い!」
苦しんでいる最中に、他の医師がきて「今日は何を食べましたか」など、どうでもいい質問をしてきた。
それに必死に答えていると、また症状が楽になってきた。
しばらくすると、その医師は「過呼吸だと思います。息が吸えなくなるのは、吐いていないからなんです。それに伴って、四肢も硬直しているのです。今、質問したのは、会話をすると、自然に息が吐けて有効だからです」と説明してくれた。
そして、「過呼吸は、極度のストレスが原因だったりします」という言葉が、全てを解決してくれた。
そう、「今日はやりたくないけど、やらなければいけないこと」を片付けた日だった。
こんな風に体が反応するほど、自分は人に弱みを見せること、同情されることが嫌だったのだ。
それが自分だったんだ、と思い知らされた。
帰りの車中でそれに気づくと、突然、涙が込み上げてきた。
今まで夫や子どもの前で泣いてこなかったのに、このとき初めて、号泣した。
号泣、号泣、号泣。
その間、夫はやはり「???」の様子だった。
しかし、しっかり泣くことで、自宅駐車場に着く頃には、気持ちを整えることができていた。
寝室を覗くと、子どもは何も知らないまま、ぐっすり眠っていた。
まだ、この子は、何も知らなくていい。
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