第24話

退院して約1ヶ月が経ち、やっと、手術で摘出した腫瘍の、病理検査結果を聞く日が来た。


その間、手術した乳房に時々起こるズキンとした強い痛みと、手術側の腕のつっぱり感にも悩まされていた。

2年後には癒えるのだと自分に言い聞かせつつ、なるべくストレッチをして、痛みをやり過ごすようにしていた。


大学病院は、とにかく待ち時間が長い。

予約制なのだが、2時間以上は必ず待たされる。

今回は子どもが冬休みに入り、一人で留守番をさせるわけにもいかなかったので、連れてきていた。

待ち時間は大好きなDSをやっていいこと、病院が終わった後は「お気に入りのお店に行く」というご褒美を約束していた。


子どもが、DSにも飽きて、「ねぇ、まだなのぉ〜」とうんざりした頃、やっと診察の順番が来た。


今回の医師は、一番偉い人だった。

入院中の回診では、先頭を歩いていた医師だ。


病理検査の結果と今後の治療方針を聞いた。

グレードは2、今後は放射線とホルモン治療を行うことに決定され、抗がん剤治療をしなくて済むことに安堵した。

そして、唐突に「では、今日ホルモン注射をしましょうか」と医師に言われた。


今日は、病理検査の結果を聞くだけだと思っていたので、これから子どもと「お気に入りのお店に行く」約束がある。

今日からホルモン治療を開始するとは考えていなかった。

見通しが甘かった。


外出中に、体調不良を起こさないだろうか。

あと数日で今年も終わろうとしている今、副作用を気にせずに年越しができるのだろうか。

とりあえず、ホルモン注射を打った直後の、体調不良の有無等を知りたい。


「副作用など、年末は大丈夫でしょうか。来年の、子どもの学校の、役員決めの連絡もあって・・・そういった役割をこなせるかどうか・・・」と聞いてみた。

この後、「子どものお気に入りのお店に行くので」と、付け足しては言わなかった。


「副作用があっても、ホルモン治療を止めなくてはいけない人は、ほとんどいないよ!」という回答だった。

いや、そうじゃなくて、初期の副作用のことを知りたかっただけなんだけど。

なんなら、注射を打った後の、今日のことを・・・。


ネットでは、様々ながん体験記を検索できるが、大体は抗がん剤治療を受けているケースが多い。

ホルモン治療だけの体験記は、案外少ないのだ。

病院からもらった薬の説明書は、大きく平均化された副作用の話で、今知りたいことではない。


今回の様に、ホルモン注射した後、、多くの患者がどういう状態で過ごしているのか、つまり、「他の人は、どういう感じなのか」を知りたかっただけなのだ。


しかし、医師は続けた。

「治療は早い方がいい。他の事をするために、後回しにするのは良くない。しこりは1.9センチだけど、ほぼ2センチだから、グレードが3だったら抗がん剤治療も考えるところだったんだよ!脅かすつもりはないけどね!抗がん剤はやってみないと効くかどうか分からないから、敢えてやらないけどね!!」と、すごい勢いで、十分に脅かしてくれた。


自分の聞き方が悪かったんだな。

忙しい先生は、きっと「あ〜ぁ、またホルモン治療を渋る患者だよ(怒)。さっさと標準治療を素直に受けろよ」と思っていたのだろう。

もちろん、自分は、標準治療をきっちり受けて、生き延びるつもりだ。

でも、今日は、予想外の治療スタートだったので、質問したかっただけなのだ。


その後も食い下がり質問をすると、ホルモン剤の効果が出てくるのは1〜2ヶ月後くらいから、そのくらいから体調も安定するのではないかというアドバイスをもらった。

そして、今はネットでブログを見ている人が多いようだけれど、惑わされるからやめた方がいいよ、とも忠告された。


・・・だから、あなたに質問したんだけど。


誤解を受けずに、今の自分の心配を解決するための質問を、上手に医師にするのはとても難しいことだ。

自分は、言葉足らずでダメだな。

他の人は、上手く出来ているのかな。


やっぱり、「他の人」が気になる。

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