第18話
入院二日目。
いよいよ、手術の日が来た。
やっと、とでも言うべきか。
眠剤と自宅から持ってきてもらった枕のおかげで、昨晩はぐっすり眠れた。
麻酔は吐き気のリスクが少ないものを使いますと、麻酔科の先生より説明があった。
ネットの体験ブログでは、術後の吐き気に悩まされる記事もあったので、ホッとした。
夫と皆勤賞を諦めた子どもが、病室にやってきた。
そこから手術室まで、看護師と一緒に、全員で歩いて行った。
あれ?ドラマで見るように、ストレッチャーに横たわり運ばれていくんじゃないんだ、と少し落胆した。
どこか、悲劇のヒロインまがいの気持ちが、心の隅っこに芽生えていたのだろう。
おしゃべりをしながら手術室の自動ドアまで行き、看護師の「は〜い、ここでお別れで〜す」の言葉を合図に、大切な家族と笑顔でバイバイをした。
子どもは、おちゃらけながら満面の笑顔を作って手を振っていた。
相変わらずの、無邪気さ爆裂だ。
全く悲壮感の無いライトな別れは、手術台に向かう気持ちを軽くした。
やっぱり、それでいい。
麻酔時には、数を数える事なく、すぐに意識が無くなった。
手術後、ストレッチャーで運ばれている最中、名前を呼ばれて意識が戻ったが、その時に自分は「名前を呼ばれたけど、なんだろう?まだ、寝ていていいよね。すごく気持ちがいいから」と思い、またすぐ目を閉じた。
後日聞いたところでは、その時にしっかり目覚めて欲しかったようだ。
だったら、そう言ってよ。
再度、目が覚めた時には、既に病室のベッドに横たわっていた。
両足には、血栓予防の圧をかける道具が装着されていて、シュポーシュポーと大きな音を立てている。
尿管カテーテルと、手術個所にはドレーンが体に差し込まれている。
トイレに行きたくなってきたかも・・・と感じても、自動で尿意が解消されていく、不思議な感覚を初めて知った。
おばぁちゃんが入院中は、ベッドに尿を貯めるパックがぶら下がっていたから、同じように自分のベッドにもぶら下がっているのだな〜、どんだけ溜まっているんだろう〜、と何となく思ったりしていた。
ドレーン箇所に痛みはあったが、腰の痛みの方が強かった。
麻酔の吐き気が一切ないことは、幸いだった。
看護師から、座薬の痛み止めを何度か勧められたが、便意をもよおすと困ると思い、断っていた。
けれど、やっぱり今ある痛みを和らげたいので、再度、座薬を勧められた時に「お願いします」と伝えると、看護師が「点滴もあるので、それにしましょうね〜」と軽やかに言った。
えっ、早く言ってよ。
点滴なら、便意は気にしなくていいじゃないか!
痛みに堪えていた、この数時間の苦しみを、なんとしてくれる。
まぁ、言ってもしょうがない。
「それでお願いしま〜す」と、明るくお願いした。
それにしても、手術の記憶は一切ない。
麻酔のためのマスクをしたと思ったら、もう手術は終わっていて、蛍光灯の明かりがパッと目に入ると、手術を施され変容した自分がいた。
魔法のようだった。
手術の記憶が全くないと言うより、その時間そのものが無かったように感じるのだ。
まるで自分がタイムワープしたみたいに。
この初めて味わう不思議な気持ちを、どうしても、こんな風に例えたかった。
「人は死ぬ時に、フッと意識が切れ、気がつくと違う空間にいるのかも」
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