第14話

入院の数日前に、また病院に出向いて、入院準備についてあれこれ説明を受けた。


麻酔科ではアレルギーの有無や麻酔時のリスク、乳腺科では手術内容を丁寧に説明された。

担当医は、終始優しい笑顔で、穏やかに話してくれていた。

今、リンパ部分に痛みを感じていて心配だと伝えると、「乳がんは本来痛くはないものだけれど、がんだと判ると痛みを感じてしまう患者さんが多いんですよ。でも、大丈夫ですから、安心してください」と、なだめてくれた。

その言葉に大いに安心し、全幅の信頼を寄せ、手術中に全摘の判断になった場合は、先生に全てお任せします、と伝えた。


初っ端に乳房再建の希望を伝えた時の怖かったイメージとは、全く違う人みたいだ。

本当に、あの時の「やめたほうがいい!」は、医師として伝えたかった強い思いだったのだろう。

不器用な人ほど、正直なものだ。

自分は、要領のいい、口先だけの人間が苦手だ。

この人生の岐路で、自分が信頼できる人に担当してもらえて、幸運だと思った。


看護師からは、病院の売店で購入できるT字帯や、レンタルをするといい浴衣、胸帯は授乳期用の前びらきインナーが代用できるので、西松屋などの安いものでもいいなど、教えてもらった。

できれば、入院・治療時だけしか使わないものは安く済ませたかったので、ありがたいアドバイスだった。


いよいよ、人生初の入院、手術だ。

こんなことが、自分の人生のシナリオにあるなんて、思いもよらなかった。


そういえば、20代の頃は、占いが大好きで、よく当たる占い師を知人から教えてもらうと、いそいそと出向いたものだ。


そのころ、あるミセス占い師に見てもらったことがある。

彼女は、なんだかハッとした後「あなたは、これから、すごく幸せになる。こんな人、なかなかいないのよ。ほんと、幸せになるわ〜。うん、幸せにしかならない」と言い、「あ、私、美味しいパンを買ってきたから、一緒に食べない?」と、昼食に誘われた。

立派な祭壇の前にテレビを持ってきて、みのもんたのおもいっきりテレビを一緒に見ながら、パンをいただいた。

そして、「あなた、彼氏いるでしょ」

「いないです〜」

「うそうそ、そんなにキレイなのにいないなんて、うそでしょ」

「本当に今いないんです」

「じゃ、いい人紹介するわよ。このリストを見てみて。この人なんか、いいんじゃない?」と、名前などが記載された分厚い冊子をめくりながら、話し始めた。


いや、彼氏欲しいとか恋愛の悩みじゃなくて、仕事の人間関係が悩みなんだけど〜と、内心、苦笑いだった。

にこやかに時が過ぎ、占い料金を支払おうとすると、「いいの、いいの」と受け取ってくれなかった。

同じ占い師に見てもらった知人は、生き霊を払ってもらったり、料金も支払っているのに、なんでだろうと思った。


彼氏がいないのに「いるでしょ?」なんて、ちっとも当たってないし、「幸せになる」しか言わないし、パン食べようっていうし、なんだかな〜という不思議な笑い話として、それは自分の記憶の底に眠っていた。


そんな記憶が、思いがけずフワッと浮き上がってきて、別の解釈をし始めた。


あの時の、占い師がハッとした後、「幸せになる」と連呼していたのは、自分の暗い将来を予見して可哀想になったから、本当のことを誤魔化すために言っていたのかも・・・?

あの占い師は、何が見えていたのだろう。

死?


そんな深読みが、頭の中でぐるぐる回った。

今の自分の現状を冷静に受け止めているつもりでいたが、やはり気弱になっていたのだ。


これではいけない。

自分を元気づけるために、本を読もう。


以前に読んで、自分も勇敢に物事に立ち向かっていきたいと思わせてくれた「ハリー・ポッター」にしようと決めた。

笑ってしまうほどベタだが、最高の選択だ。

棚の中から、最終話「死の秘宝 上下」を取り出した。


入院中も読むことになりそうだ。

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