第10話

冬休みが明けると、学校に就職希望を告げ、3年次に進学した。

10クラスのうち、1クラスだけが、就職や大学以外へ進学希望の生徒達の、寄せ集めクラスだった。


就職組なんだから、勉強は好きな科目だけ頑張ればいいや、後は、就職組の友達と楽しく遊んで、それなりの学生生活を送っていければいいさ。

苦手な科目の勉強を必死にしなくても、もう困ることもない。

なんなら、楽でラッキーかもね。

そう考えて、学生生活を送った。


就職活動では、学校を通して、母に言われた通り、伯父が紹介すると言っていた会社に応募した。

担任教師から、この会社にコネがあるなら、その人の名前と部署、役職を確認するように言われた。

母に確認すると、「伯父さんが、△△会社の〇〇さんと知り合いだってことしか知らない。向こうでなんとかしてくれるんでしょ。部署や役職なんて聞いてないけど」と言った。


そういえば、菓子折りを持って〇〇さんへ挨拶に行くとか、縁を繋ぐための行動を何もとっていない。

おかしな話だ。

それでいて、母は、何もする気がないように見えた。


なんか、もう、よく分からなくなった。


担任教師には、よくわからないと伝えたが、結局、その会社には面接を受けに行くことにした。

面接では、両親の離婚理由、父親との交流の有無、母親の勤務状況など、自分のことよりも、親についての質問が多かったが、精一杯、誠実に答えた。


結果は、不採用だった。


その知らせを伝えてくれた担任教師は、「人事担当の人は、お前の面接の受け答えなどを高く評価してくれて、必死に推してくれたって言ってたよ。でも、お前の家庭が・・なぁ・・・。お前自身の問題ではないぞ」と、すごく残念そうな顔をしながら、言葉を濁した。


その口ごもってしまった間が、暖かかった。

ありがとうございます、もういいんです、と素直に思った。


次の会社も、面接では、母子家庭の家庭環境がいかに健全であるか推し量るための質問ばかりだった。


片親家庭の子どもが仕事を得るための面接は、こういうものなのかと思い知らされた。


家では、不採用の知らせを受けた母が、「どうして落ちるのよ。何してんの」と憤慨していた。

一部はあんたのせいでもあるんだよ、とは言えなかった。

だから、黙っていた。


でも、これで分かった。

シングルマザーでも頑張って子どもを育てる、貧しいながらも気丈な母親と、それを尊敬する健気な娘というものが、会社の求める健全な母子家庭像だろう、と。

そういうイメージを持ってもらえるように、受け答えにもっと気を付けようと考えた。


そして、ありがたいことに、こんな自分を採用してくれる会社に巡り合った。


この就職活動が、母子家庭の子どもとして味わった、最初の大きな試練だった。

しかし、これは母に伝えていない。

伝える必要はないし、理解もしないだろう。

なぜなら、彼女は両親揃った家庭で育ち、母子家庭の子どもとして生きた経験がないからだ。


シングルマザーの苦労は美化されがちで、その子どもについては、ないがしろにされがちだ。

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