第8話

食生活が悪かったのかも、生活習慣に問題があったのかもと理由を探し、本当に純粋な親切心で「健康な食事メニュー」の料理本が夫の実家から送られてきた。


何かを改善しなければね、と。


そんなことは、言われなくても分かっている。

自分が初めに、たくさん自分を責めたのだから。


しかし、その親切なアドバイスは、「がんができたのは、あなた自身に落ち度があったからじゃないの?」と言われているようにしか、捉えることができなかった。


実母の家系は、乳がんの伯母も含むがん家系だ。

いろいろ、複合要素があるだろう。

この数ヶ月、たくさん乳がんについて調べて勉強した。


分かってるんだよ、分かっているんだよ!


自分の死と向き合うことで精一杯の中、まるで周囲への配慮をも強制されているかのようで、息苦しくなった。


泣きたくもないのに、次から次へと、涙がぽろぽろこぼれてくる。

自分の「これから」や「いつか」は無いのかもしれない、悲しさ。

夫や子どもに対する、妻や母親を早くに失わせてしまうかもしれない、申し訳なさ。

「心配して あ・げ・て・い・る」というメサイアコンプレックス的感情に感謝しないと、わがままと言われる、理不尽さ。


まだ、手術日も決まっていない。

こうしている間も、がんは自分の体を蝕んでい続けている。


怖い。


残りの貴重な時間を、こうやって泣いて、後悔して、悔しがって過ごすのか?

あまりにも、それは自分に対して失礼じゃないか。


自分のために、前向こうぜ。

泣くだけの日々を過ごして死んでいくのは、嫌だから。


そうだ、やりたいことだってあっただろう?


なんだっけ。


家族・子ども優先にして、後回しにしていたことがあっただろ。

思い出せ。

そして、リストにしてみよう。


映画で見た「死ぬまでにしたい10のこと」って実際にあるんだと思い、少し可笑しくなった。

自分に、この日が来るとは、と。


ペンと紙を用意して、考えながら書き出していった。


この体と魂が、この現世で「いつかやっておきたい」と思っていたことは、自分が「持っていないこと」や「できないこと」を解消するような、つまり、コンプレックス克服のような事柄が多かった。


その第一番目にして、最優先で絶対にやりたいこと。


「大学を卒業して、学位を取得したい」


でも、死にゆく人間にかける学費が勿体無いかも。

そもそも、夫の稼いだお金で、妻が大学行くって変じゃない?

そこは、二人の子どもの教育資金でしょう。

それでも余れば義両親の介護費用になるでしょう。

だって、自分は時々パートもしていたけど、多くの時間を専業主婦で過ごしたのだから。

専業主婦って、社会じゃ無職扱いだよね。

独身時代に貯めたお金だけでは、学費は足りなさそうだ。


また、自分にお金をかけることに対して、躊躇し、遠慮していた。

「どうせ、自分なんてそんな価値なんか無いよ」という気持ちが、二の足を踏ませた。


しかし、確実に、この日が、自分探しのはじまりだった。

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