第6話
大学病院で、新たな検査が始まった。
MR、採血、レントゲン、針生検、CT。
針生検は、今回で二度目だが、やはり痛い。
柔らかい乳房に、肉片を採取するための太い針を突き刺すのだから、当然だが。
採取後の患部にテーピングを施され、かなり、かぶれた。
そういえば自分は肌が弱い方だったと、思い出す。
この、肌の弱さは、その後の治療にも不都合だった。
まぁ、それはさておき、数日かけて受けたこの検査結果から、がんのタイプと進行具合を判断し、治療方針を決める流れになっていた。
数日後、検査結果が出た。
しこりの大きさは1.9センチ、ステージⅠ、リンパの転移なし、しかし、がんの顔つきについてのグレードが3だった。
顔つき?グレード?
それは、転移のしやすさに関係するものらしい。
気持ちが沈んだ。
これからの治療法について、ホルモン治療か、化学療法をするのか、この時点では未定だった。
この大学病院を選んだのは、乳房再建を受けたかったからなので、その希望をこのタイミングで医師に伝えた。
すると、医師の表情が厳しくなり、「あなたは、早期発見でとても良い方なんですよ!多分、手術は温存療法を行うと思います。胸は残りますよ。でも、自家組織再建をすると、体の他の部分にも傷ができてしまうんですよ!!それでもいいんですか!!!」と、かなりの勢いで叱られた。
医師の怒りに、かなり驚いた。
自分は、乳房の喪失というコンプレックスから自分自身を守りたいと思っていたが、医師は、手術によるダメージから体を守っていくのが最優先だと言っているのだろう。
沢山の患者たちの苦しみや死を目の当たりにしてきた医師の言葉なのだから、それに従おう、そうするべきだと思えた。
生きることを、最優先に。
だから、再建は、しないことにした。
それでも、今までのことを納得して消化するのには時間がかかりそうだ。
この機会に、睡眠導入剤を処方してもらった。
自宅でテレビを見ていると、「徹子の部屋」に田部井淳子さんが出演されていた。
家族以外にがんであることを告げず、抗がん剤治療の闘病中に参加したパーティーで徹子さんと会った時には、治療中で髪がなかったからウィッグをつけていたけど、今はもう寛解しました、と話していた。
闘病していたことを知らなかった徹子さんは、とても驚きながらも、寛解したことをとても喜ばれていた。
とても、田部井さんが清々しく、カッコよく見えた。
誰からも同情されずに、がんを克服していく。
こんな風に生きたいと思った。
病院の待合室では、ウィッグや頭皮に優しい帽子など、沢山のパンフレットが置いてあった。それを見ていると、乳房だけでなく髪まで失う恐怖に絶望した。せめて、髪の抜けない抗がん剤があったなら、どんなにいいだろうと思った。
しかし、自分にも田部井さんのような未来を作れるのなら、まだ確定ではないけれど、抗がん剤治療になったとしても、恐れずに受けようと思えた。
田部井さんのように、「実はあの時大変だったんだけど、もう大丈夫!」と笑える日を迎えたい。
可哀想な人として、扱われたくない。
気の毒な人のポジションに、はめ込まれたくない。
自分のがんについて伝える人は、最低限にしておくべきだと決めた。
自分から闘う力を削ぎ落とす「無駄な同情」から、自分自身を守りたかった。
自分は、そういう性分だったのだ。
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