第9話 桃李②

(今頃、家族はどうなっているだろう。)僕は、そんなことを考えた。(もしかしたら、赤い淫魔の言った通り、死んでしまったのではないか。)僕は、そんなことを思った。


「失礼します。」と言って、もう一人看護師が入ってきた。オレンジ色の看護師服を着た女性だった。先程の女性看護師「寺内さん」はピンク色の看護師服を着ていた。「柚木さん、体温測りましょうか。」とそのオレンジ色の看護師服を着た人は言った。僕は、「あれ?先程測ったんですけど?」と言ったら、その人は言った。「あれ?なんていう看護師さんでした?」と。


「たまたま、名前見たんですけど、寺内さんって。」僕は、そう答えた。すると、看護師さんが、「あれ、そうでした?寺内さん?そんな人いないけどなあ…。」と言った。僕は、体をこわばらせた。もしかして、こんなところにも淫魔がいて、看護師の姿をして、潜んでいるのではないか。そう思った。


その看護師さんは、名札をポケットにしまっているようだった。患者さんに近づくときに、それがぶつからないようにする配慮だろう。だとすると、寺内さんは、名札をプラプラと首に下げていた。僕は、不安になってきた。


思わず、恥も外聞もなく、聞いた。「あのっ、お名前は?」と僕が。すると、看護師さんは、「杉田麻衣です。杉田って名字、「○○すぎた!」みたいにからかわれるから嫌なんですけどねー。誰か結婚してくれないかなー。」と冗談めかして言った。僕は、「杉田玄白という昔のお医者さんもいるし、いい名前ですよ。」と励ました。寺内さんのことは、しばし忘れて、歓談した。


「あ、そうそう、寺内さんって人、血圧とか測りました?」と杉田さんは聞いてきた。「いや、体温だけでした。」と僕は答えた。


「おかしいなー。とりあえず、体温は測ったということなんで、血圧を測りましょうか。まあ、よその入院病棟から看護師さんが派遣で来て体温だけ測る変な仕事もあると噂されているんで、多分それだと思います。図った体温は、ナースステーションのデータバンクに体調管理情報として収集されるので。私が寺内さんと会ったことないのも、最近のトレンドみたいなもんですね。」と杉田さんは言って、僕をいなした。


「そうでしたか。IoT進んでるんですね。」と僕が返答すると、「そうみたいです!それに今っていろんな仕事がありますよね!面白いですよねえ!」と朗らかに答えた。血圧は問題なく、通常の数値を表しているようだった。脈拍を測るためか、血圧を測る間に、僕の手首の血管にずっと当てていた彼女の手が暖かく、心地よかった。


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その夜の就寝時間。僕は得体のしれないほどの不快感に襲われた。目が回るような、地球がひっくり返るかのような、強烈な眩暈だった。

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