第4話 白磁

僕は、走った。お金も何もない。そんなことはどうでもよかった。実家でぬくぬくと過ごし、良くも悪くもないぼんやりとした青春を謳歌していた僕は、突然身寄りがなくなり、独りぼっちのヒーローになってしまった。


僕は、コンビニに入った。走りに走って、汗をかいたので、喉が渇いた。「イラッシャッセー」と言っている店員が女の人だったので、 僕は「ああ!」と一時嘆息を漏らしながら発声し、また魔物が憑いているんじゃないかと不安に思ったので店をすぐ後にした。


真っ暗闇を走って走って僕は一瞬宙に浮いた。「イテッ!」すっ転んで蹴っ躓いたのは、歩道の縁石だった。膝小僧にめり込んだ小石をブン投げて、「クソ!」と汚い言葉を吐き散らした。


僕は、それでも走った。どこに行けばいいかわからないままに、行く宛てもなく走った。どこが安住の地かもわからぬまま、むやみやたらに走った。


真っ白なバイクの暴走族が信号を無視して僕の横を走り去っていった。それを僕は見て、真似するように横断歩道を飛び出したら、車にクラクションを鳴らされた。何も持っていない手で、何かを車に投げてぶつけるみたいなしぐさをしてクレームを入れた。


車から男が下りて来た。我ながら、自分は馬鹿なことをしたと思った。真っ黒なサングラスをした、目つきの伺えない、顎鬚をたたえた色の黒い男だった。車のヘッドライトが僕と彼をけたたましく照らしていた。


「おまえ、大丈夫か。こんな時間に外出歩そとであるいいて。」思ったより男の人の声は優しかった。真っ黒なタンクトップを着て、太いゾウの鼻のような腕をしている。「家出か?」と彼は言った。


「そっそそ、そうなんです。行くところが、なくて。」と僕が言ったら、「乗せてったろ。どこ行こ思てん?」とまるでAの次はBと決まっているように流れるように言ってくれた。「あ、あの。その…。お、おばあちゃんちに…。」オジサンはプッと笑ってから、「おいおいお爺ちゃんチとちゃうんか?一家の主はいつの時代も男やろ?せやし、おじいちゃんが家建てたはずやぞ?」カラカラと男は笑いながらガルウイング仕様になっている二列目の席のドアを開けて、僕を見てきた。それから、「乗れよ。連れてったる。」と言った。


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僕は、なけなしの勇気でつまらないウソをついたことを後悔していた。その証拠に、下を向いて居た。するとオジサンが言ってきた。「なあ。お前、見た感じ不良少年って感じやないのう?」やはりばれていると僕は思った。


「実は…。」僕が嘘をつき続けることに耐えかねていいかけると、オジサンが、「いやいや、ええ。ええ。お前が嘘ついトンのはわかっとる。じゃあなんで、お前バーサンの家お前答えてへんのに、俺今車廻しとる思う?」僕は、急に恥ずかしくなって、後部座席でシートベルトを締めて膝を抱えた。「答えんかいな。なんで、今俺車走らせトンねや?」とオジサンは言った。


僕は、言いたくなかったが言った。言ったら、認めることになるからだ。「帰るところがないの、ばれてるからですかね。」と僕は伏目がちに言った。オジサンは、サングラスを外して、「せや。」とバックミラーに映る僕と目を合わすように言った。


オジサンは、話し始めた。「俺も、昔家出少年やったんや。よその学校の強い奴に喧嘩吹っ掛けて、警察が出てきよったこともある。ほんで、親が来て、突然の頭突きや。『二度と家に帰ったるかい。』思たわ。事情聴け言うねん。」


「事情って何だったんですか?」と僕は聞いてみた。本当に、恐る恐る聞くべきところを、僕は前のめりになって聞いた。その勢いで、シートベルトがビンと張ったくらいだった。


「昔親父がボクサーやってのう。強かったんや。ほいで、もう死んでもうたけど、親父みたいに強うなりたい思てるうちに、喧嘩しか知らんアホになってしもたんやわ。」とオジサンは言った。僕は、「あー。そうなんですね。」と気のない返事をしてしまった。


「アホお前!もっと年長者の話は楽しそうに聴かんかい!いやせやけどしかし、お前ほんまボンクラみたいな顔して、よー家出したなあ。そんな風に見えんけどなあ。」とオジサンは言った。(彼は事情を知らないもんだから、悠長なことを言っていられるのだ。)と僕は思った。しかし、オジサンの話は、少しホッとする内容でもあり、少し心が落ち着いた。


「もう着くで。」とオジサンが言った。僕が、(どこに?)とぼんやれた顔をしていると、オジサンは少年のような顔をして「ガハハハ」と笑った。そして、「俺たちのオアシスじゃい。」と言った。


車は、鉄パイプとグレーチングとアルミカバーだけでできた簡易住居の集合住宅みたいにになっているところをがたがたと車体を揺らしながら入っていった。顔中にピアスをしたタトゥーだらけの男や、ひげもじゃでマッチョの白人、そして真っ黒な肌の黒人がいた。


車から降りて、ぼーっと立ち尽くし、風景を見ていると、「やだかわいい。君何年生?」と声をかけられた。見上げると、白い蛇のような顔をしたメイクの濃い女が僕を見下ろしていた。高い動物の牙のようなとがったヒールを履いて、スパンコールのちりばめられた黒いスポーツブラのようなものを着て、下は下着が見えそうな真っ黒で僕が見たことないほど短いショートパンツだった。僕の知る限り、ハイレグみたいに下腿があらわだった。太ももや二の腕などに、入れ墨があり、どれも骸骨の形をしていた。向こうをむいてオジサンと話しているこの女の人の背中をみると、ぱっくりと肌が露出しており、キスマークの入れ墨がたくさんあった。華奢という表現を超えてむしろ骨骨しい身体には、人を殺したことがありそうな後ろ暗い過去があるように勝手に見た目で判断させるだけの何かが感じられた。


「聞いたんなや、こいつはこれからここの仲間や。年は関係あらへん。」僕が返事に困っていると、そうオジサンはフォローした。

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