第16話 本

 少し歩くと、椅子と机、キッチンがあったり居住スペースなんだなと分かった。「座ってよい」と言われたため素直に従う。


 こんな所に住むなんて物好きな人なんだなと思っているとファトムさんが口を開いた。


「ここはお主らの好きに使ってよい、これから暫くここにおるのだから綺麗に扱えよ」


 まさか住む場所まで用意してくれたとは、だが長居することが決定らしい。どんな訓練が待っていることやら。


「便所と風呂もある、一日の終わりにはしっかりと入るように。そしてあまり夜更かしするなよ次の日に響く」


 ファトムさんが時計を指さした。時計がある?!そこには朝か挽か、10の文字を短針が指していた。


「今日は遅いため、明日から稽古を始めるよいな」


「「はい」」


 久々のベッドである、思いっきり飛びつきたいが壊れるかもしれない思いやっぱりやめておいた。


 ベッドに身を委ね、毛布で身を包む。最高のコンボに俺はすぐに敗れ、そのまま瞼を閉じてしまった。




 知らない天井だ。という訳ではなく、ファトムさんが用意してくださった部屋の天井を眺めた。もしこれが自宅で夢でしたー、そんなオチもあったかもしれない。


 命の危険はあるものの、学校よりかはました。


 尿意が訪れたためファトムさんに教えてもらった通りの場所に足を進める。


 トイレが終わりふと時計を見ると、5時近く。少し早く起きすぎたかな、そういえば俺、お風呂に入っていなかった。


 服や自分の体の匂いを嗅ぐが、臭くない。あまりに無臭だったためセイヤが体を洗って着替えさせてくれたのか?とあほなことを考える。


 ま、普通に考えて【洗浄】のスキルだろう。本当にセイヤがいいやつだ。


 多分六時ぐらいだと思うため、それまで暇だ。いい感じの暇つぶしないかなと周りを見渡すと、本棚があり、もちろん本があった。


 手に取って題名を見る。「貴方に愛されたい」と中々重そうな題名だと本を開いて読み進めていく。


 内容は一人の男の冒険譚だ。男はショールと言い、幼き頃は父も母もおらず、貧困に苦しんでいた。


 町の道を通ると、小っちゃくてぼろぼろの服とボサボサの髪の猫背が目立ち、町の子供たちに目を付けられては、石や泥を投げられ塗られの毎日だった。


 そこで一人の少女、ジュリスと出会う。ジュリスの家計は比較的裕福で、魔法の才能があり見た目も美しい、まさに完璧であった。


 ジュリスが町に出ているところ、偶々ショールが石を投げられている場面を見てしまう。


 見兼ねたジュリスは、魔法でいじめっ子たちを追い払うとショールに言った。


「立ち向かう覚悟を持て」と。


 その言葉を鵜吞みにしたシュールはいじめっ子たちを撃退、自分には戦いの才があることを知る。


 そこからか、ジュリスに特別な感情に気付いたのは。


 ジュリスの隣に立てる相応しい男になる、その一心で日々の努力を重ねていった。


 冒険者になったシュールとジュリスは、着々とランクを上げていき町一番の冒険者となる。


 いつも隣で見守ってくれたジュリスに感謝と好意を伝えた。


 ジュリスはやっと言ってくれた、とシュールの好意に気付いていた。

 二人の仲も深まり、冒険者としての地位を築いていた日々は正に順風満帆である。


 ある日のことであった、シュールは用事があり家を抜け出しているときのこと。ジュリスは襲撃にあう。


 ジュリスはもちろん抵抗した、しかし圧倒的な数の差に劣勢へと追いやられていく。魔力も体力もなくなった。


「シュール・・・・・・」


 最愛の人の名を最後に、命は尽きた。


 シュールは用事を終え、今晩は結婚のことについて切り出そうと思い、ジュリスに似合うであろう真っ赤なアクセサリーを手に握りジュリスの待つ家に向かう


 家の扉を開ける、そこには部屋と部屋の区切りとなる壁はなく、床も天井もボロボロだった。


 端にもたれ掛かったものに目をやる。


 赤く血に濡れたジュリスの体を見る。目は開いているが、そこに生気はない。


 シュールは、最愛の死体を思いっきり抱き締め、深く、深く号哭した。


 後悔とこれまでを振り返る。ジュリスと出会ってから全てが変わった。世界がより新鮮に、美しく見えた。


 しかしもうその景色を見ることはない、なぜならジュリスは死んだから。


 一日中泣き叫んだ男の目元にはクマが浮かぶ。死人に近いような目をしており、心中がジュリスの復讐を叫ぶ。


 あの手この手を尽くして犯人を特定する。そこまでには脅迫じみたことをしたり、人を殺めた回数は両手足じゃ数えきれないほどだ。


 犯人の名と顔を見た瞬間、思い出すのだ。


 石を投げられ苦しむシュールを見て大笑いする顔を、ジュリスが俺を助けてくれた時のあの情けない顔を、シュールが背中を押され勇気を出して戦い、プライドをずたぼろにされたあの顔を!


 そう、犯人は子供の頃の復讐にジュリスを殺したに違いない。そんなシュールは復讐犯に復讐をする。


 あいつらが潜んでいる町の情報を得たとき、悪い笑みが彫刻に掘られたように固定されていた。


 シュールが町に入った瞬間、ジュリスの得意とする火魔法で町全体を焼き尽くす。全く関係ない、民を巻き込んで。


 焼け野原となっても尚、火魔法を使い続けた。すでに復讐は済んでいると言うのに。


 魔力をぎれをおこしたシュールはその場に倒れ、身柄を拘束された。


 目を開けると、首と手首は固定され今にも処刑執行である。


 ジュリス、天国で会おう。俺が地獄に落ちようが何度死んででもお前に会いに行く。また愛されるために。


 心であの世に居るジュリスに誓う、執行人が剣を大きく振り上げ縄を切った。ギロチンがシュールの首をニンジンのようにきる。


 一度は幸せを知り、最愛の人を亡くしたシュール。ひたむきな青年は恋と愛を知ったがために落ちるところまで落ちた。


 ジュリスとシュールは同じ世界の住人となるが再び会うことはあるのだろうか。


 その結末は、二人しか知らない。


END

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