プロローグ
航はそこまで話し終えると勿体ぶったように口を閉ざし、またボールを俺に投げてくる。ぽんぽんと俺たちの目の前をただボールが交差する。
「で、その後どうしたんだ?」
僕は、思わずそう尋ねずにはいられなかった。その後、航はどうやって部活に戻ってきたんだろう。どうして、今こうやって僕と野球部で活動できるようになったんだろう。翔太は、部活の元メンバーとはどうなっているんだろう。高校からこの学校に来た僕には、航のそんな過去を知る由もなかった。
「えー、教えてあげない!」
航はどこかおかしそうに笑うと、また俺にボールを投げた。
航はさっき、中学の頃はボールをキャッチしてくれる奴はいなかったと言っていた。それなら、今は僕がいるんだと教えてあげたい。そんな思いを込めて、僕も力一杯に投げ返す。
今、僕は航の求める仲間になれているのだろうか。そんな不安が僕を襲う。
「俺さ、今めっちゃ楽しいんだよね。だから、さんきゅ。」
照れ隠しをするような、力強い球。しっかりと受け取って、僕の決意を態度で伝える。
「こっちこそ。ありがとう。」
こんな最終回みたいな雰囲気に耐えられなくって、目を見合わせてからお互いにぷっと吹き出す。そんな瞬間が宝物だった。
「そろそろ終わるか。」
「そうだな。」
空はもうオレンジ色に変わっている。もう帰らないといけなくて、航といると時間の流れが早いのだと思わされる。
「悪い。今日さ、他のやつと帰る約束あるんだ。」
いつも僕と航は同じ帰り道で一緒に帰っていた。なのに、今日は無理だなんて何かおかしい。心に、隙間風が吹く。
「え、航。なにそれ、彼女?」
「馬鹿、彼女なんていないって。」
ちょっぴりしょぼくれたような表情をしてから、航は何か言おうと口を開く。
「航、早くしろよ。置いてくぞ!」
その時、校門の方から大きな声がした。運動部特有の快活な声。
「え、しょう、待ってよ! じゃ、ごめんまた明日な!」
航はそう言い残すと、慌てて荷物を持って走って行ってしまった。あれは、誰だったんだろう。僕は少し心にもやっとしたものを抱えながらしばし考え込む。
見たことがないのに、なぜか彼を知っているような妙な感覚。さっきの男子生徒は、野球部にはいないのになぜか坊主頭で。だから、昔校舎ですれ違ったのかもしれない。
どうして、航はこの話を今日してくれたんだろう。ふとそんな疑問が浮かんだ。僕がなんで野球部に入ったのか聞いたからかもしれない。それでも、話さずに誤魔化す方法だってあったはずだ。フワフワとした疑問が宙を舞って、ぽんと弾ける。
そういえば、航はさっきの男子生徒を「しょう」と呼んだ。
なんだか心がポカポカとしてきたので、一気に水を飲んでクールダウンする。今年はいい夏になりそうだと、確証もなくただそう思った。
今日は、走って帰ろう。ただ漠然と野球をしていた僕にもなんとなく目標ができた。心から湧き上がってくる、強い思い。
だって、答えはいつだって僕の中にあるんだから。
本気になれる程度には、好きだ ぐらにゅー島 @guranyu-to-
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