好きな理由

「航、最近高校の方こないじゃん。もしかして、中学の方で大活躍中だったり?」

「…先輩。」

 俺が部活を辞めてから時間は過ぎて冬になった。道を歩くと霜柱を踏んでしまったようで、ミシッと土が音を立てる。そんな寒い日に、先輩は俺に話しかけてきた。

「航ももうすぐ三年生か。実は部長候補だったりして。水臭いなぁ、たまには話しに来いよ。」

 冬の寒さは身に染みる。肺にも霜柱が立ったように、喉が痛い。

「俺、もう部活辞めたんです。」

 だから、氷のように冷たい声でそう言ってしまった。まるで先輩を突き放すように。

「あー、そっか。やっぱりなぁ。」

 なのに先輩は、驚きもせずにそう言う。バレていたのか。俺もまた驚く余裕なんかなかったからそれをすんなりと受け入れる。俺は案外わかりやすい奴なのかもしれない。

「航、お前野球は好きか?」

「嫌いです。」

「即答かよ。」

 ククク、と先輩は笑ってから不意に真面目な顔になる。いつもふざけている人が真面目な顔になると、妙な緊張感が襲う。体が凍りついたように動かない。先輩は開口一番にこう言う。

「自分もさ、野球嫌いなんだよね。」

「ええ。」

 それならどうして、声が出そうになってからやめる。そんなの、俺が一番知っているじゃないか。

「もう、中毒だよなぁ。」

 その答えを、先輩は口にする。不意に先輩は俺の手を取った。前から変わらない、ゴツゴツした野球をやっている手。そしてまた、俺の手も同じ様子なのであった。その手をじっと見てから、先輩は俺に言う。

「やっぱり。航もなんだかんだいっても野球続けているんだろ?」

「まあ、はい。」

 なんだかんだ気まずくなって、目を逸らす。先輩にはなんでもお見通しなのだ。

「辞められないんです。辞めたくたって、野球をしなきゃいけないってそう思って。」

 本音を吐く。それは、ずっと目を逸らそうとして、それでも見続けてしまった現状だった。

「航、先生が呼んでたぞ。行ってみろ。」

 先輩は、俺の言葉には答えずにそれだけ伝える。

「答えは、きっと航の中にある。それを知るヒントは人生の先輩に聞くのがいいだろ?」

 ニッと笑うと先輩は去ってしまった。その背中はやっぱりカッコよくって。俺からしたら太陽みたいに輝いていた。

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