すれ違い
「うわー、負けたわー。」
「まあ、良い試合だったわ。ドンマイドンマイ!」
「やっぱ翔太惜しいよなぁ。次があるって!」
また負けた。惨敗だった。太陽がジリジリと俺たちを照らす中、両者とも清々しい顔をしていた。なのに、俺はショックでショックで気がどうにかなってしまいそうだったんだ。それでも、みんなは楽しそうに笑っていた。
「いいよな、なんか青春って感じで!」
「それな。てか航めっちゃ成長してるじゃん! ビックリした。」
負けたのに、ワイワイとしたお祭りムード。それは、あの日の試合の後と同じ雰囲気。あの、俺のせいで負けた、みんなが気を遣ってくれたあの日の雰囲気に。
「悔しくないの?」
だからこそ、この場の雰囲気なんか気にしないでそんな言葉を口に出してしまった。
「お前ら、なんで楽しそうに笑ってられるの?負けたんだぞ、俺たち。」
声が震える。目頭がじんと熱くなるのを抑えて、チームメイトを見渡す。誰も彼もが、俺を不思議そうに見る。
「悔しいも何も、楽しかったし勝ち負けとか関係なくない? 結果よりも過程の方が大切だって!」
誰かが、そう言うとみんなもそうだそうだと同調する。胸がドキドキする。翔太はどこだ、俺の目が無意識に翔太を探した。
「翔太は、悔しい、よ、な?」
上手く言葉が紡げない。何かがおかしい、何かが、決定的に違ったんだ。
「え、航。そんなの分かり切ってるだろ。」
翔太の声が後ろから聞こえる。その言葉の続きは、俺の求める答えだと願って振り返る。
「楽しければそれで良くない? 前にも言ったじゃん。」
あっけらかんと翔太は笑う。記憶が、あの日の記憶が戻る。
『俺はみんなで楽しく野球ができたらそれでよかったんだ。だからさ、お前のせいで負けたって別に構わないって。』
翔太はそう言った。確かに、そう言ったんだ。あれは、俺を慰めるための言葉でも、気を遣ったわけでもない。翔太は、俺が嘘が嫌いなのを知っていた。だから、本音しか俺に言っていなかった。俺は、決定的に勘違いをしていたのだ。
この部活に、本気で野球をしている奴なんかいない。
「航はすごいよな、本当に俺よりずっと強くなっちゃうんだから。」
翔太は、そう言って俺の肩を組んできた。いつもみたいに、自然に。
「やめろよ。」
無意識に、その手を振り解く。翔太は珍しく驚いた顔をして、上手く笑えていなかった。
「なんだよ、航。どうしたんだよ?」
状況がわからないようで、翔太も、ほかのメンバーもあっけにとられる。そして、俺も自分がどうしてこんな事を言い始めたのかわからない。
「俺たちは、勝つために頑張ってきたんじゃなかったのか? 何のために、お前たちは野球をしてきたんだよ?」
単純な質問、それは単純な答えしか持たない。
「そんなの、野球が好きだからに決まってるじゃん。」
翔太は、そうやって答える。それが正しいと知っているから。
「野球が好き?」
翔太が正しいなら、俺は悪役なんだろう。そう理解していたって、そう聞き返さずにはいられない。
「翔太は、好きだから野球やってるの?」
「うん。え、逆にそれ以外に理由なんかある?」
漫画の主人公みたいに爽やかで、かっこいい答え。
「でもやっぱり俺、航みたいに才能ないからさ。ちょっと羨ましいわ。」
頑張ったんだけどな、と翔太は笑う。その笑顔、昔は大好きだったその笑顔が俺は嫌いになった。
才能。確かに、俺には才能があったのかもしれない。昔から運動神経は良くて、野球だって遊びのつもりで始めた。練習すればするほど、上手くなった。
でも俺は本気で練習したんだ。血反吐を吐くような、辛い思いをした。ずっと一人だった。ずっと、孤独と戦ってきた。そんな思いを翔太はしたのか? 翔太は、本気で努力してそうやって笑っているのか?
「俺、部活やめるわ。」
すんなりと、昨日までの自分は思いもしなかった事を言って、俺はグラウンドから去る。みんなは今、どんな顔をしているんだろう。
ただわかるのは、この場に俺の居場所はなかったってことだ。そして、それを裏付けるように誰も俺を引き止めたりしなかった。
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