過程

「あれ、航髪切ったの?」

 次の日、部活に行くと先輩達にそう言って驚かれた。俺は、坊主頭にしたのだ。そしてそれは、俺なりの覚悟だった。いつもは気づかなかったが、太陽が直接頭に当たるのは暑い。深く帽子を被り直した。

 今日もまだ、二年生の他の部員は来ていない。俺だけが強くなる。その言葉に突き動かされた。

 一年生の頃と比べたら確かに俺は野球が上手くなった。それでも、先輩には追いつかない。また、俺の前に沢山の背中が見える。昔は不安に見えたその景色が、今は嬉しかった。

 先輩を超えて、もっと強くなって。そんなもしかしての話が、面白い。弱かった主人公が強くなっていく話はこの世界にありふれていて、それでもずっと色褪せない。

 俺はまだまだ未熟だ。だからこそ、もっと成長できる。

 

 同級生のいない環境、そこには先輩しかいないのだ。そしてまた、先輩も受験生だった。大抵の日はグラウンドでボールを投げてもキャッチしてくれる人はいない。そんな灰色の日々がしばらく過ぎた。

 夕陽が沈むと、練習を終わりにするようにしている。外が真っ暗になった時に思うのだ。俺は何をしているのだろう、と。

「航、高校生と一緒に練習してみないか?」

 俺がいつもみたいに練習していると、先生がそんなふうに言ってきた。

「航なら大丈夫だよ。明日から高校生と混ぜるからよろしく。」

「えっ、先生そんなの急ですよ!」

 そこまで言われてから、とんでもないことに巻き込まれていることに気づく。先生が言うことはいつだって急だった。

「じゃあ航、そう言うことで。」

「どういうことで⁉︎」

 先生は俺を入部させたときみたいに笑っていた。俺が見たとき、いつだって先生は笑っているのだ。冗談を言って誤魔化して、それでもニコニコとしている。

 前は無性に腹が立った。俺が辛そうにしてたって、嬉しそうにしてたってずっと笑っている。馬鹿にしてるのか。そう思ったのだ。

 今では、その笑顔が俺の心の支えだった。どんな時でも、先生は俺を見放さないんじゃないか。そんな理由の無い信頼があったから。

「でも先生、高校生なんて俺じゃ相手にならないですよ。同級生にだって劣ってるのに…。正直、付いていけないです。」

 だから少しだけ弱音を漏らす。明るいことが好きな俺にしては珍しいことだった。少しだけ冷たい風が吹く。もうすぐ今日の最終下校時間になるのだ。

「航なら大丈夫だって。ほら、航のここに聞いてみろよ。」

 トントン、と先生は自分の心臓の辺りをグーで叩いて見せる。お前の心に聞けと、そう言われているのだ。

「答えはいつだって自分で持っているものだよ。」

 覚えとけ、そう言って先生は職員室に戻ってしまった。

「心に。」

 先生が何を言いたかったのかはわからなくて。それでも妙な説得力だけが残った。

 帰り道、いつもはグローブとかバットとかで重い鞄がなんとなく軽く感じた。

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