試合

 夏が過ぎた。秋が来て、冬になる。そして、また桜が舞う。

 気がつくと野球を始めて一年が経っていたのだ。俺は一年間翔太を追いかけ続けた。俺は確かに上手くなっていったのだ。それは、普通ではないほどに。夏の草木がすぐに成長することのように、急速に成長した。俺には、野球の才能があった。「航は凄いな。もう俺よりも上手いんじゃないか?」

「え、そうかな?」

 翔太にそう言われると、なんだか嬉しくなって声が分かりやすく跳ねる。少し翔太に追いつけたかな。そう感じて、嬉しくなる。

「翔太、明日の試合頑張ろうな!」

「おう、当たり前だろ!」

 これって、親友みたいだ。同じ部活で切磋琢磨して、お互いを認め合っている。そんな関係に翔太となれたのが本当に嬉しくてワクワクした。

 明日は市内大会だ。最初は遊びのつもりだった野球に、俺はすっかりハマってしまっていた。最初は真っ白だったTシャツが砂埃で汚れてしまった。それが、俺の自慢だった。どうしてって、その砂埃は俺の野球人生の伝記だったから。

 その砂埃に誓おう。絶対に翔太とこの試合に勝つのだ。


 暖かい春風が吹く。それは誰にでも平等にもたらされるもので、こちらの事情なんて考えないで吹く。それは、あの日の試合を終えた僕たち野球部にとってもそうだった。

「何やってんだよ、翔太! あそこのボール、お前ならキャッチできただろ?」

「は? 俺だって一生懸命走ったんだよ! 航こそさ、あのシーンで空振りはないだろ?」

「あれは変化球だったから難しかったんだって!」

 市内大会は、一点差で負けた。俺たちの今までの成績からしたら勝てる相手だったのに、負けたのだ。

 チクチクとした空気がグラウンドを取り巻く。いつもの優しい俺の大好きな野球部という居場所はもう無かった。

 敗因はなんだったのだろう、わからない。だから、目につく失敗を責めるのだ。自分が嫌で仕方なかった。この一年頑張った。だからこそ、勝ちたかった。勝つために、野球を続けてきたんだから。

「お前さ、いい加減気づけよ。航のせいで負けたんだよ!」

 急に翔太はそう叫ぶ。その言葉が、グサッと心に刺さる。…俺のせいで、負けた?

「お前さ、最初っから下手だったじゃん。正直さ、試合中も足引っ張られるの迷惑だったんだよ。」

 翔太の口から、言葉が出てくる。真っ黒な、耳を塞ぎたくなるような音。

「航、お前のせいで負けたってまだ気が付かないのか?」

 信じられなかった。信じたくなかった。無意識に周りを見渡すと、誰も俺と目を合わせてくれない。ここには経験者しかいなくて、俺は不純な動機で部活を始めた。

「でもさ、航。俺はみんなで楽しく野球ができたらそれでよかったんだ。だからさ、お前のせいで負けたって別に構わないって。」

 そう言うと、翔太はいつもみたいにニコッと笑って俺の肩を叩く。温かくて、硬い大きな手のひら。それは、翔太が野球をずっとしてきたことを物語っていた。

 そうだよ、気にするなよ。航も頑張ったって。そんな言葉を他のメンバーも俺にかけてくれて、またいつもみたいに練習が始まる。俺の居場所が、またできる。

 野球部のメンバーは、俺に気を遣ってくれたのか? 俺は、下手だからみんなの足を引っ張っているのか?

 俺は綺麗事は嫌いだ。甘い言葉で塗り固められた嘘も、それが優しさだって知ってたって要らない。俺は野球部のみんなが、そして翔太が大好きだった。いつだって本気で話してくれるアイツらが大好きなんだ。だから、俺はショックだった。

 この大切な友達に、嘘を吐かせたのは下手くそな俺だ。

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