仲間
「っ…。きっつ…。」
野球部に入ってはや一か月。全身筋肉痛に襲われる中、俺は走らされていた。
「航、これ終わったら筋トレだってよ。」
「嘘だろ、もう無理だって…」
同級生で同じ部活の翔太が言う言葉に絶望を覚えながら、重い足をあげて前に進む。まだ5月だというのに、夏みたいに暑い。さっき体を冷やすために頭からかぶった水が、Tシャツに染み込んで重かった。体が思うように動かない。
「航もっと頑張れよ、俺はまだまだできるぜ?」
「だって、翔太は小学校の頃から野球やってたじゃん…。」
友達からのそんな言葉にまた俺は落ち込む。俺は元々、運動が得意な方だった。だから野球だってただの体力づくりのために始めた、お遊びだった。そして、簡単に上手くなるに決まってるとそう思っていたのだ。
砂が舞って、俺の後ろに足跡が残る。俺のペースに合わせて走っていた翔太は、俺との会話に飽きてしまったのかペースを上げていく。俺の前に足跡が残り、背中が遠くなっていく。
「待ってよ」そんな言葉は出てこなかった。呼吸が苦しくなって、もう声を出す余裕は無くなっていた。グングンと離されていく。俺以外はみんな俺の前を走っていく。後ろからは誰の足音も聞こえない。
「お、航お疲れ様!」
「…おつ。」
メニューを終えてゼエゼエと乱れた呼吸を整えながら、精一杯声を出す。胸に手を当てると、ドキドキと心臓の鼓動がうるさく叫ぶ。
それに比べて、翔太はどうだろう? 呼吸は乱れているものの、まだ余裕があるようにニコニコと俺に笑いかけてきた。翔太は坊主頭にするほど野球にのめり込んでいるようで、タオルで汗を拭く様子がなんだか絵になっていた。野球選手とは、こうであると言うかのように。
「翔太は爽やかだなぁ。」
気がつくと、俺はそう呟いていた。
「爽やか...? そうかなぁ。」
翔太は笑って、しゃがみ込んでいる俺に手を差し伸べる。まだ出会って間もない彼が眩しかった。
「俺、どうしたら翔太みたいになれるかな?」
翔太みたいに、と言う言葉には多くの意味を込めていたのかもしれない。翔太みたいに野球ができるようになりたかった。翔太みたいに優しくなりたかった。翔太みたいに爽やかでカッコいい男になりたかった。
「とりあえず、航も坊主にしてみたら?」
「ええ、やだ。」
しかし、そんな願いはまだ叶う気がしなかった。
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