第四話【ご主人様に見られると恥ずかしいから絶対に覗かないでくださいね】

 ――なずなが俺の前に現れてからこれまでの自堕落じだらくな生活が一変した。


 目覚ましを掛けなくとも自然と早起きになった。ブラインドの隙間から部屋に差し込む朝日がこんなにも気持ちいいなんて知らなかった。


「なずな、朝だよ。そろそろ起きないと」


『ふわぁ、あ、ご主人様~~。お、おふゃようございます』


「ははっ、おはようなずな。ろれつがまわってないよ。朝は苦手みたいだな。それに布団を抱き枕がわりにして、ホントすごい恰好だから」


『あれっ布団!? なずなはご主人様をしっかり抱き枕代わりにしてたのに、いつのまに抜け出したんですかぁ!!』


 寝ぐせで毛先があらぬ方向にはねて俗に言うアホ毛みたいな髪型で、俺を非難がましく見据える美少女。もしもこの場面に第三者がいたら彼女のことをプラモデル彼女だとは夢にも思わないだろう。


「そ、それには俺なりの事情って物があるの!! とにかく抱きしめた布団を離せよ」


 明け方に寝苦しさで目を覚ますと、なずなから俺はだいしゅきホールド状態で抱き枕代わりにされていた。なんとか彼女を起こさぬように両手、両足の拘束を振りほどいて必死の思いでダブルベッドから逃げだしたんだ。


 なずなにだいしゅきホールドなんて言ってまた余計なエロ知識を覚えさせると、この後で余計に話がややこしくなるからな。見た目はS級美少女でも純粋無垢じゅんすいむくな子供のような一面も持っている彼女を、俗世間の垢で汚したくない気持ちも俺の中には強く存在している。


「ほら、なずな、寝ぐせがすごいぞ、せっかくのきれいな髪型が台無しだ」


『えっ、本当ですか!? ご主人様の前で恥ずかしすぎるかも……』


「朝からいい天気だよ。今日も暑くなりそうだ」


『はわわわっ、そうだ!! 眠っているなんてもったいない。今日はご主人様とお買い物、いえ記念すべきファーストデートの日でした』


「期待に満ちた目で見つめられるのは嬉しいけど、早く洗面所で顔を洗ってから髪の毛を整えてごらん」


『ううっ、一刻も早くご主人様と出かけたいです。ちょっとした裏技を使ってもいいですか?』


「なずな、裏技って何なの?」


『ご主人様、いったんこの部屋から出て行ってもらえませんか?』


「ああ、よくわからないけど、どうしてなの」


『そ、それは……。ご主人様に見られると恥ずかしいから』


 消え入りそうな声でなずなが呟いた。見られたくないって、まるで昔話の鶴の恩返しみたいだな。


「じゃあ俺は先に朝食の準備をしているから終わったらリビングに降りてきて」


『はい、朝からわがまま言ってごめんなさい』


 部屋を後にして階段を下り、踊り場でふと立ち止まる。


『あわわわっ!? ご主人様の好みって、う~~ん清楚? それとも大人可愛い?

 どっちにしようかなぁ……』


 立ち聞きは趣味が悪いな、それに鶴の恩返しなら主人公の男がこっそり部屋をのぞき見した結果は、おつうを失うという取り返しのつかない結末だった。


               *


『……ご主人様、お待たせしました』


「えっ、早っ!? それに寝ぐせが消えた、いや根本的に髪型が全然違う。なずな、いったいどんな裏技を使ったらそんな早変わりが出来るんだ?」


『え、えっとぉ。セーラー服や下着と違って、髪形の種類バリエーションはロング、ポニーテール、ツインテールの三種類あるんです』


「だ、だから今日はツインテールなのね。うん、とっても可愛いよ」


『やったあビンゴ!! ご主人様の好みにぴったり!! それになずな可愛いお洋服に合うと思ったんです♡』


 ……今日のお出かけにテンションが爆上がりな女子高生を前にして俺は複雑な気持ちになってしまった。


 昨晩の俺は浮かれ馬鹿のノリで、なずなと一緒に出掛けようと気楽に約束してしまった。しか~~し!! 俺には重大な弱点がある。


 その重大な弱点とは……。



 *******



「……ちょ、姉貴のやつ、いつも無駄に電話を掛けてくるくせに、なんで俺が本当に困っているときにはすぐに電話に出ないんだよ、メッセンジャーアプリも既読きどくが付かないし!!」


 俺の弱点とは、女の子とデートはおろか十六年間彼女いない歴更新中のご身分だ。なずなを喜ばせる気の利いたデートスポットなんてまったく知らないんだ。


「仕方がない、こういう時のガーゴイル先生だのみだ!! 女の子とデートをしたことのない迷えるワナビ男子高校生の味方、検索スタート!!」


「むっ!? 何々高校生カップル必見!! 女子高生が本当に行きたいデートスポット三選だと。遊園地、水族館、夜景スポットか……」


『……あのお、ご主人様、そろそろ出かける準備は出来ましたか? なずなは朝食の片付けやお洗濯物は全部終わりましたから』


「あ、ああ、待たせてゴメン。部屋の掃除は昨日俺が学校に行っている間に全部やってくれたんだよな」


 もう検索をしている時間がない。ここは単刀直入に彼女がデートで行きたい場所を事前に聞いていまうのが得策かもしれない。


「なずな、洋服を揃えるのが今日のデートの目的だけど、それ以外で君の行きたい場所ってどこかあるのかな?」


『え、あっ、ご主人様と私がデートでいちばん行きたい場所ですか!? ……それは最初から決まっています!!』


 最初から決まっているだって!? それほどなずなは楽しみにしていた場所なのか!!


『……にぜひご主人様と一緒に行ってみたいです』


 その場所とはいったいどこなの!?



 次回に続く。

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