第二話【ご主人様、女子高生とセーラー服で一晩中はお嫌いですか?】

「――分かってるよ、もう俺も子供じゃないんだから。洗濯物の干し方とかいちいち言われなくても大丈夫だから。うん墓参りにはちゃんと出るよ、そのことで姉貴から怒られたくないから。ごめん、こっちも取り込んでるから電話切るよ、じゃあおやすみ」


『あのぉ、ご主人様はどなたとお電話してたんですか?』


「んっ、ああ、うちの姉貴だよ、定期連絡さ。一人暮らしで自堕落じだらくな生活を送っていないかチェックするために電話を掛けてくるんだ。お前母親かっ!? ってほどうるさくてかなわないよ。歳だってあまり違わない女子大生だってのに」


『ご主人様はこのおうちに一人暮らしですよね。こんなに広いのに寂しくないですか? ご両親や他のご家族のお部屋もあるみたいですけど』


「前はこの家に両親も住んでいたんだけど……。ああ!! 姉貴はかよう大学が遠いんで今年の四月から別々に暮らしているんだ」


 なずなから両親のことを聞かれ、俺はとっさに話をはぐらかした。


『ごめんなさい、余計なことを聞いちゃったみたいですね。のぞき見したわけじゃないんですけど、ご主人さまが高校に行っているあいだに各部屋のお掃除をさせて貰ったからつい気になって』


 彼女の表情に影がすのが見て取れた。両親の件で気を使わせてしまったことを後悔する。同時にプラモデル彼女として俺の前に現れたなずながこれほど豊かな感情表現のすべを知っていることに驚きの色を隠せなかった。


「ごめん、なずな。別に隠していたわけじゃないんだ。俺と姉貴が子供の頃、旅客機りょかっきの事故で両親は亡くなった。欠陥が原因の航空事故だったから世間やマスコミを騒がせたけど。……身体は十六歳の女子高生でも意識は生まれたての君はその件は知らないと思うけど」


『ご主人様、私は……』


 両親が亡くなった件についていまだに自分の中でトラウマになっていないと言ったらうそになる。リビングの食卓を挟んだ差し向かいに座る彼女、ぷらかの! こと天沢あまさわなずなの心配そうな表情を見ていると俺の気持ちを吐露とろする気分にはなれなかった。


「ああ、そんなことより俺に話があったんじゃないのか? 姉貴の電話で邪魔が入ってしまったからもう一度話を聞かせてくれないか」


『ご主人様の寂しい気持ちを想うとなずなの話なんて取るに足らないです。それに話したらあきれられそうで怖いです』


「そんなことは絶対にしないよ、何でも話してくれ。今の俺の気持ちが寂しいなんてその反対だよ。なずなが来てくれてから家中いえじゅう向日葵ひまわりが咲いたみたいに一瞬で明るくなったんだ!!」


『本当ですか!? すっごく嬉しいです。あ、でも向日葵じゃなくって私は紫陽花あじさい女子菜園の出身ですから、そこんとこお間違えなく♡』


「ははっ!! そうだった、君の入っていたプラモデルの箱にも書いてあったっけ。産地直送野菜みたいなキャッチフレーズだけど、あれはどういう意味なの?」


『う~~ん。あれっ? 何だっけ。……ふええ~~ん、ご主人様ぁ!! なずな思い出せないです。単語は覚えているんですけど意味をちゃんと説明が出来ません』


「あああっ!? そんなに泣かなくてもいいから!! 俺が困らせるような質問をしちゃって悪かった。こっちにおいで、ハンカチで涙を拭いてあげるから」


『ぐすっ!! ひっく。ううっ、ご主人様ありがとうございます』


 なずなが隣に移動してくる。二人掛け用の狭いソファーは自然とお互いの身体が密着してしまう。彼女のぬくもりが俺の肩越しに伝わってTシャツの裏地が次第に汗ばんでしまうのが感じられた。


「そんなに顔を突き出さなくても涙は拭けるのに。ははっ、本当になずなは幼い女の子みたいだよな」


『ご主人様って女性に優しいんですね。……はっ!? 何だか妙に手馴れてる感じということは!! もしかしてチャラですか。女の子を泣かせてとっかえひっかえのパリピとか!? ふええ~ん、そんなのいやああっ!!』


「ちょ、ちょっと待ってよ、なずな!? 誰がチャラ男のパリピだって、俺のルックスをみたらその正反対だって分かるだろ!! どうみても陰キャでスクールカーストでも最下位の高校生だって」


 これは決して謙遜けんそんではない、昔から学校みたいな団体生活が大の苦手だった。亡くなった両親の本好きに影響され幼い頃から読書の好きな子供だった。


『ええっ、意外です、なずなから見たご主人様はとってもイケメンに思えます。それに優しいから好きです』


「う~~ん、イケメン扱いはとっても嬉しいけど多分それはインプリンティングといって、生まれたての雛鳥ひなどりが初めて見た鳥の種類が違っても親だと誤認ごにんする現象と似ていると思うよ。なずなはプラモデルとして組み上げられ、この世に生を受けた喜びで俺のことを美化しているに違いない」


『ふうん、何だか難しいですね。でもご主人様のいいところをまた見つけちゃいました!! それは物知りなところ。なずなが知らない知識をいっぱい持ってるのはすごいですよ。純粋に尊敬します。やっぱり私の王子様には変わりはありません』


 きらきらとした羨望せんぼうのまなざしで見つめられると、妙にくすぐったくなるが悪い気はしない。こんな気分になるのはいつ振りだろうか?


「ん、んっ。こほん!! ほらっ、なずな、涙は拭き終わったから自分の席に戻れよ。食後の紅茶をいれてやるから」


『……もう少しこのままで』


「えっ、なずな、いま何て言った!?」


『ご主人様のとなりがいいです、もう少しこのままでいさせてくれませんか?』


「なずな……!?」


『もっと耳元でお話を聞かせて欲しいです。ご主人様の好きなこと、苦手なこと、暮らしてきたおうちのこと。……そしてのこと』


 ――俺の大切な家族!?


【一人で生きてみたいんだ、姉貴。わがままを許してくれ、これまでのくさった状態のまま俺は高校生活を終わりにしたくない】


 今年の春、他県での同居を勧めてきた姉貴に生まれて初めて大きなわがままを言った。両親が他界したあと姉弟きょうだいだけで助け合って暮らしてきたから、なおさら迷惑を掛けまいという気持ちが強く俺が異をとなえるのは皆無かいむだった。


『ご主人様のもとになずなが現れた理由わけって、きっと偶然ぐうぜんじゃないと思います。あなたの傷ついた心をいやすために私はこの場所に来たんだって。それは必然ひつぜんと呼べる奇跡だと信じたいです、いえ、絶対に信じます!!』


「なずな、なぜそこまで純粋になれるんだ。俺は君が思うようなきれいな王子様なんかじゃない、汚い想いや醜い側面を抱えながらこれまで十六年間生きてきた!! いい子って仮面を被って心の中ではどこか他人を見下していたんだ……」


 はじめての一人暮らし。きっと俺は自分自身を変えたかったに違いない。そしてキャラじゃない恋の告白をして隣に住む初恋の幼馴染から手ひどく振られたのも、全部関連している。


『なずなはそんなご主人様がうらやましいです』


「俺が羨ましいだって!? 気休めはよしてくれ……。同情されるのがいちばん傷つく」


 自己をさらけ出す行為に慣れていない俺はなずなから思わず顔をらしてしまった。うつむいた先には握りしめた両手のこぶしが視界に映りこむ。


『気休めなんかじゃないですよ。悩み傷つく、それは人間だけに与えられた特権ですから。私はまだ生まれたてだから神様より与えられた感情の種類がとても少ないんです』


「そんなことはないだろう、だって君の表情はあんなに多彩で、くるくると猫の目みたいに変わって俺を楽しませてくれたというのに……」


『あれには秘密があります。ご主人様がなずなをプラモデルとして組み上げてくれたとき何か気が付きませんでしたか?』


「ああ、そういえば顔の表情が変えられる部品パーツがいっぱい付属していたな。それと指先の種類も、髪形も三種類くらいバリエーションがあったし」


『正解です!! プラモデルのままだといちいちご主人様に組み替えて貰わないといけないんですが、なずなが今みたいな人間の状態だと、持っている部品の種類はそのまま身体に反映するみたいです。その辺りは日中に試してみましたから』


「そうか、持っている部品は人間のなずなの表情や手足に反映するのか!! あれっ!? もしかしていま着ているセーラー服や下着は……」


『ううっ!? 恥ずかしいけどご主人様になずなの秘密を見抜かれてしまいましたね。そうなんです、このセーラー服も下着も持っている物しか着用出来ないんです』


「そうだったのか、知らなかったよ。だからお風呂や着替えをしたがらなかったんだな。本当に気が回らない男でゴメン!! 年頃の女の子としてさぞかしつらかっただろうな」


 俺はもうひとつ気がついてしまった。なずながさっき俺に言いかけた話はこのことを打ち明けたかったんじゃないのか!? 替えの服や下着がなくて困っていたことを。


「なずな、君に可愛い服を揃えてやるよ。明日一緒に出掛けようか」


『ええっ!? 本当ですか!! う、嬉しいです……。あっ、ご主人様とお出掛けということは、ふぁ、ファーストデートじゃないですかぁ!! そんな、ど、どおしよお。着ていく服がない!!』


「はははっ、だから買いに行くんじゃないか、本当になずなは見ていて飽きないし可愛いよな」


『ふわああっ、またご主人様に可愛いって言われた!! 今夜はドキドキして眠れそうにないです』


『じゃあ、一緒のベッドで俺と寝る?」


 俺の言葉は照れ隠しの冗談で、あくまでノリの延長だった。浮かれ馬鹿と呼ばれても仕方がないか。どうせなずなは同じベッドなんて全力で拒否するに違いないから。


『はい、ご主人様の隣なら喜んで……』


「へっ、嘘だろ!?」


 こうしてぷらかの! と俺の熱い夜が始まった。



 禁断の次回に続く。




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