クリスマスイブの思い出
クリスマスの時期になると、いつも思い出すのです。
ええ、あれは僕が小学2年生だった頃のこと。
聞いたことはありますか? 1年間いい子にしていたら、プレゼントがもらえるけど、悪い子には石やゴミが枕元に置かれるという話です。もっと悪い子は袋に詰められて地獄に連れて行かれるというお話を。
その頃の僕は信じていて、12月になるとお手伝いをして、悪いことをしたら素直に謝っていましたね。
え? 1年間、いい子じゃないとプレゼントがもらえないよって?
あはは、まあ、子どもの頃でしたから。クリスマスムードにならないと、サンタさんのことは忘れていますからね。話を続けましょうか。
実は12月中旬から、僕の学校の生徒が行方不明になる事件が起きていました。行方不明の子たちは一、二年生の下級生ばかりでしたよ。それも家出を繰り返す問題児の子ばかり。大人たちは必死になって探し回っていたけど、僕たちの間ではある噂が広がっていました。
「悪い子はサンタさんに連れて行かれたんだ」
ほら、家出って悪いことでしょう? 僕もそう思っていました。
僕のクラスにも問題児の子がいましたよ。橘君という男の子です。彼が夜中にうろついていたところを見たって人がいたと母さんも言っていました。学校でも人の話を聞かない子でした。でも、先生や大人の前ではビクビクしているような子でしたね。
僕たちの担任の先生にも怯えていましたよ。丸眼鏡をかけた優しい先生なのに。よく僕を手招きして、頭をなでなでしてくれるんです。「君たちは私の宝だ」って。悩みを抱える生徒を、先生の家で個人面談してくれてたっていう話しも聞きましたよ。
ね、優しいでしょう? 橘君も昔お世話になってたことがあると聞いたことがありますよ。彼は先生に恩を仇で返すようなことをしているんです。
心配になった僕は、彼に「いい子にしていないと、地獄に連れて行かれちゃうよ」と注意したんです。
すると橘君は、「地獄に連れて行ってくれるなら、行きたい」と虚ろな目で言ってきたんです。
僕は橘君の言うことにびっくりしましたよ。だってそうでしょう? 地獄に連れて行かれるより、プレゼントをもらう方がいいに決まってます。
橘君はそのまままふらふらと教室を出て行きました。その夜、橘君は家に帰ってきませんでした。
近所中の人たちが橘君を探し回りましたね。警察の人も来ていましたけど、誘拐なのか、集団の家出なのかわからないと言って、その日の捜索は終わりました。
僕はサンタさんに連れて行かれたんだと思い、責任を感じていました。僕が橘君に地獄に連れて行かれると言って、彼が行きたいと言ったから連れて行かれたんだと思いました。
そこで、僕はサンタさんにお願いをすることにしました。橘君と違っていい子にしてきたから、きっと橘君を帰してくれると思ったんです。
僕はクリスマスイブの日にサンタさんを探しに家を忍び出たんです。真夜中でした。辺りは真っ暗で、道路を走る車もいません。明かりは街灯と星の光だけでした。僕はサンタさんが空を飛んでいるんじゃないかと思って、空を見上げながら探したんです。
「君も悪い子だね」
聞き覚えのある、優しく気持ち悪い声が僕の背後から聞こえてきました。振り返ると、そこには人影がありました。暗くてよく見えなかったんですが、三角帽子を被っていたのでサンタの格好をしていたんじゃないでしょうか。肩に何かを背負っていました。
「こっちにおいで」
怪しい人影が、僕を手招きしていました。シルエットはサンタさんそのものでした。
サンタさんじゃない。その時の僕はそう思いました。どうしてわかったのか、今もわかりません。ただ、脚が震えて、怖くて、逃げたくて。体が動かなかったんです。
僕を手招きする人影はじりじりと僕に歩み寄ってきました。ガタガタと震えるしかなかったその時、また僕の背後から声がしたんです。でも、その声は不思議と暖かく、ほっとする声でした。
「夜中に出歩くとは感心せんな。ああ、でも君は一年間いい子だったね」
振り返ると、そこには光り輝くサンタさんがいたんです。一目で確信しましたよ。本物のサンタさんだって。小太りで大きなサンタさん。ふわふわの白いひげに優しい目をしていました。でもその優しい目は、怪しい人影に向くと厳しい目に変っていました。
人影が叫びました。
「なんだ、お前は! 私のものを奪う気か!」
僕はその時、その人影がキラリと光るナイフを手に持ってたことに気が付きました。僕は怖くて腰を抜かしました。するとサンタさんは人影に向かって歩き出しました。残された僕の周りには、いつの間にかトナカイたちが盾のように守っていたんです。
「悪い子を回収しに来たんだ」
サンタさんはそう言うと、ナイフを振り回す人影を軽々と持ち上げると、袋の中に詰め込んでしまったんです。
袋に入れられた人影は、中でジタバタと暴れていました。
「助けてくれ! 大好きな子どもたちと一緒にクリスマスを迎えたかっただけなんだ!」
そう叫びながらしばらく袋の中でもがいていましたが、サンタさんが袋を棒で叩くとおとなしくなりました。
そしてサンタさんは僕の方を振り返ると、「一年間いい子だった君にはプレゼントをあげよう」と言うと、袋を担いだままソリに乗って、空に飛んで行ってしまいました。
僕はその光景に呆然としていました。カチャと落下音がしてハッとしましたよ。足下に、壊れた丸眼鏡が落ちていたんです。
気が付いたときには、僕は自分のベッドで寝ていました。サンタさんのプレゼントは何だったんだろう。アレは夢だったのかと考えているうちにまた眠りについてしまいました。
次の日、橘君がプレゼント交換しようと言って、僕の家に遊びに来ましたよ。彼の様子は普通でした。いや、普通じゃなかったですね。だって彼は人の話をよく聞くいい子になっていましたから。でも不思議とこの橘君が本来の彼なのではないかと思いました。
今日までどこに行ってたのかと聞くと、橘君はきょとんとした顔をして「ずっと家にいたよ」と言うのです。僕は訳がわかりませんでしたね。僕の学校で起きた行方不明事件もなかったことになっているのです。行方不明だった子たちも何事もなく普通に生活していました。
あのサンタさんが僕にくれたプレゼントというのは、平穏な生活だったのでしょうか。行方不明だった子どもたちがいて、ピリピリしていた街が穏やかな雰囲気になっていました。
しかし、一つだけわからないことがあるんです。僕の担任の先生がいなくなってしまったんです。誰に聞いても、そんな人知らないと言われるんです。存在そのものがいなくなっているんです。優しい先生だったのに、どうして消えてしまったのか僕にはわかりません。
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