少年A(1)

 ある公立高校の教室──教壇でビトルンが抑揚のない声で講義をしている。

 教室は静かだ。なぜなら生徒達の半分しか出席していないからだ。

 ブルーパが日本を治めてから義務教育は廃止されて授業を受けたい子供だけが通学していた。

 学校へ通うには契約書に同意が必要だった。

 その中の一文、『ビトルンが生徒を殺しても異議を申し立てない』に躊躇する子供や保護者が多かった。

 その同意にはいじめや校内暴力の抑止になるが自分の子供が何らかの理由でビトルンに殺される事を恐れる親は人間が講師を勤める塾や私立の学校に通わせていた。

 又、昼間からアルバイトをする子供もいた。

 生まれてすぐに他人の意識と共有し高い知識を得る人造人間の前では人類の知能は乏しかった。

 それでもいい企業に就職したい子供達は学校や塾で勉強した。

 特に人造人間が力を入れる研究機関と関わりのある医療産業や宇宙開発産業の企業は給料が高く人気があった。

 学校の教育は就職を前提とした実践的な内容に変わった。


 そんな高校に通っている浜尾武志は製薬会社への就職を目指して勉学に励んでいた。


 抑揚のない言葉で講義するビトルンは授業を妨害しない限り注意しない。

 寝ていても手を挙げてトイレに行っても淡々と講義を続けた。

 隣のクラスで授業中に騒いだ生徒はビトルンが銃で撃って両肩に怪我をした。

 それ以来その生徒は学校に来なくなった。

 休み時間に廊下を歩いていたビトルンを蹴った生徒は壁に叩きつけられて二階の窓から放り出されて怪我をした。

 その生徒も学校に来なくなった。

 しかし生徒達はビトルンを恐れなかった。

 寧ろ邪魔な生徒を追い出してくれた事にホッとしていた。

 自らの意思で勉強しに学校へ来る子供にとって問題を起こす子供は邪魔なだけだった。

 生徒達の関係はギスギスしていないが、たまたま同じ教室にいるだけの他人──修学旅行も体育祭も文化祭もなく体育の授業もなく椅子に座って一緒に授業を受けるだけの冷めた関係だった。

 ビトルンの講義は退屈だが後で質問すると正確に答えてくれるので昼休みや放課後の職員室には生徒が列を作って並んでいた。

 異形のビトルンを子供達が怖がらずに接しているのはそういう優れた部分を素直に受け入れられるからだろう。

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