少年A(2)

 放課後、浜尾は帰りがけにファストフード店に入った。

 「チーズバーガーとコーラですね」

 中学生位の店員がレジに立って応対した。

 浜尾は「はい」とだけ答えてクレジットカードを備え付けのカードリーダーにかざした。

 店員はレジで決済された事を確認すると商品を差し出した。

 浜尾はそれを受け取りカウンター席に座って宿題を始めた。

 彼のいつもの日課だ。

 突然、レジで中年の男が怒鳴りだした。

 店員が注文の品と違う物を渡したようだ。

 男が「早く変えろ!」と怒鳴って店員が商品を渡すと「また違うじゃねえか」と怒った。

 男はレジのカウンター越しに店員の胸ぐらを掴んだ。

 他の店員が止めに入ったが「ふざけんな」と男が暴れた。

 「ああ、うっせーな」

 浜尾は教科書を見ながら呟いた。

 外でパトカーが止まってビトルンが店に入って来た。

 (へえ早いな。非常ボタンでもあるのか)

 カウンター席からチラチラと浜尾は様子を見た。

 「こいつが何度も間違うから注意したんだ」

 男が店員を指差して言った。

 「本当ですか」

 ビトルンの抑揚のない問いに店員は「はい」と申し訳なさそうに答えた。

 (つまらねえな。そんな文句言う奴なんか殺せよ)

 浜尾はレジを見るのをやめてコーラを飲みながら宿題をやり始めた。

 「大体こんなクソガキをバイトに使う店もおかしいんだよ。どんな教育しているんだ。それにお前もまともに働けないなら学校へ行けよ。すげえ不愉快」

 店員の少年は黙っていた。

 すると男のそばに立っていた少年が、

 「オッサン、ちょっと言い過ぎじゃないか」

と声を掛けた。

 「何だと」男が少年を睨みつけた。

 (おっ、何か面白そうな奴が出て来たぞ)

 浜尾は振り向いて様子を見た。浜尾と同じ年頃の赤い髪の少年だった。

 「何だその髪は!お前も学校へ行ってないだろ」

 男が少年の胸ぐらを掴んだ。

 「おい、どうするんだ。一方的な暴力だぞ。対処しろよ」

 少年はビトルンに顔を向けて言った。ビトルンは男の手を振り払って投げ飛ばした。男はすぐに立ち上がって逃げて行った。

 「あの……ありがとうございます」

 店員は礼を言った。ビトルンは黙って店を出た。

 「お前も慣れないバイトするんじゃねえぞ」

 少年はそう言って席に戻った。

 浜尾は感心して宿題を終えると席を立って少年の後ろを通った時、

 「おい」

 少年の声に浜尾は振り向いた。

 「勉強するのもいいが困っている奴がいたら助けてやれよ」

 「はあ?俺には関係ねえし」

 少年の言葉に浜尾は苛立った。

 「ああそうか。悪かったな」

 少年は投げやりな態度で答えた。浜尾は客の応対をしている店員を横目に黙って店を出た。

 「何だよあいつ。正義の味方気取りか。勝手にやってろ」

 次第に怒りが込み上げて思わず呟いた。

 浜尾が次に少年と会ったのはその五日後、車道を挟んだ路上で中年の男と喧嘩していた。

 「何だ、またやっているのか」

 浜尾が呆れて通り過ぎようとした時、ビトルンが駆け付けた。

 「ヤバいな。あのままだと殺されるぞ。どうする」

 ビトルンが中年の男を撃った。そして銃口が少年に向けられた。

 「ええい。くそっ」

 浜尾は車道を走ってビトルンの前に立った。

 「喧嘩を仕掛けたのはあのオッサンだ」

 ビトルンは浜尾の顔をジッと見て銃を下ろした。

 (あれ?俺は何やっているんだ)

 咄嗟についた嘘と目の前にいるビトルンの姿に自分の立場を自覚した浜尾の体が震えた。

 突然ビトルンが浜尾の体を振り払って発砲した。

 浜尾の後ろに立った男が倒れた。男はナイフを持っていた。

 「えっ……」

 浜尾は倒れた男を見て愕然とした。

 「ご協力ありがとうございます」

 ビトルンは淡々と言うと救急車を呼んで男を車に入れた後、パトカーに乗り込んで走り去った。

 「悪かったな」

 少年の声で浜尾はハッと我に返った。

 「別にお前を助けた訳じゃないからな。目の前で人が死ぬのが嫌だからだ」

 「俺は矢野康」

 矢野が明るく言うと浜尾は「俺、浜尾武志。じゃあ」と不愛想に答えて歩こうとしたが、

 「ちょっといいか。礼に奢ってやるからよ」

と腕を掴まれた。浜尾は断ったが矢野に何度も頼まれて仕方なく近くのカフェに入った。

 「薬学部を目指して勉強か。大変だな」

 矢野はアイスコーヒーを飲みながら言った。

 「製薬会社に就職したいんだ。給料いいからな」

 浜尾は窓の外を見て答えた。

 「製薬会社は化け物の仕事を請け負っているからな。あっ、別に悪い意味で言っている訳じゃないから。俺の親父も製薬会社に勤めているが大変だぞ。毎日研究ばっかりでさ」

 「へえ、じゃあ君も製薬会社で働きたいのか」

 「いや、自動車会社に就職希望なんだ。化学はさっぱりでな。今は整備会社でバイトしている。学校へ行くより色々覚えられるから」

 「確かに油の匂いがするな。今日はバイトの帰りか」

 「ああ。そこへ変なオッサンが絡んできてああなったってところ。全くいい迷惑だぜ」

 ため息をつく矢野に浜尾は「大人は色々あるから」とボソッと答えた。

 浜尾の父親は市役所で働いていたが一昨年、ビトルンの配置で失業して今はガソリンスタンドでアルバイトをしていた。

 人造人間は中央の行政機関を完全に入れ替えた後、段階的に地方の行政機関にブルーパやビトルンを配置した。

 失職した公務員は民間企業に勤めたりアルバイトをしていた。

 働き口が少ない地方では職を求めて都会へ引っ越す者が多かった。

 高齢の浜尾の父親に就職先はなくアルバイトを転々としながら暮らしていた。

 母親は食品会社で働いていた。

 「大学進学って期待されているんだ」

 「時々重たくなるけどな」

 「親が子供に期待するのは当然だからな。そろそろ時間だから帰るわ。今日はありがとうな」

 矢野は右手を挙げながら席を立って足早に店を出た。

 「ふ~ん、ヤンキーかと思ったが意外と普通なんだな」

 浜尾は店でしばらく参考書を広げて勉強した後、帰宅した。

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