電気店のオヤジ(3)

 引っ越してから岸島は大型家電店でアルバイトをしながら暮らした。退去した家は国有地になった。

 アルバイトの収入と政府から労働者に毎月給付される非課税の500ドル……貨幣がドルに統一され国家間の関税がなくなり物価が安定したのは人造人間による無欲な統一の恩恵だった。

 人造人間は金には無欲で人々の間ではどうして彼らは生きているのかと噂になっていたがこの世界に異を唱える者は少なかった。

 もちろん異を唱える者はこっそり処刑されていたのもわかっていたが口に出す者はいなかった。

 今の安定した生活に比べたらこの程度の事は弾圧と呼ぶ程ではないからだ。

 そして容赦なく罪人を処刑する事も人々は内心で歓迎した。

 罪を法律で配慮される事など誰も望んでいないからだ。

 迷惑な奴はさっさと死ねばいい──人々の本音を人造人間という別の生き物がやってくれるのだから心を痛める必要はなかったし安心して暮らせる事に皆満足していた。

 岸島が引っ越して一ヶ月後、岸島が住んでいた町で桑野の汚職に関わった住民を人造人間が処刑したニュースが流れた。

 そのニュースをスマホで見た岸島は絶句した。

 約三百名の死亡者の中に商店街の住民が含まれていた。喫茶店の店長や送別会に参加した両親の友人も商店街の中高年者は殆ど処刑された。

 「こんな、こんな事が……」

 昼休みにスマホを見た岸島は愕然として肩を震わせた。

 「見たか?処刑のニュース」「ああ、汚職に関わった奴らだろ。今まで美味しい思いをしてきたから殺されて当然だな。ざまあみろ」

 背後で明るく話している店員の声を聞いて岸島は泣くのを堪えて弁当を食べた。

 岸島が帰宅すると自宅前にビトルンが立っていた。

 「何の用だ。あの町の事ならニュースで知ったぞ」

 岸島は充血した目でビトルンを見た。

 「掃討作戦が完了したので町へ戻れますがどうしますか」

 ビトルンの淡々とした口調に岸島は苛ついた。

 「戻れる訳ないだろ。子供の頃から知っていた連中が死んだのだぞ。ここでノコノコと戻ったら俺が奴らを売ったようじゃないか。えっ、まさか……」

 岸島はこれまでの状況を振り返った。

 「ビトルンが俺の家を捜索した後に退去命令が来た。遺品……親父の遺品の中に何かあったのか」

 「遺品からは何も見つかりませんでした。あなたが汚職に関与した証拠も見つからなかったので退去命令を出しました。汚職に関わった商店街の住民は処刑しましたが子供には危害を加えていません」

 「前から訊こうと思っていたがあんた達の目的は何だ?悪者を殺して平和な世界を築く事か?それとも世界を支配する事か?」

 「罪を犯した人間を処刑するのが我々の目的です。平和な世界の定義はわかりません。人を支配するなど無駄な事はしません」

 ビトルンは複眼の顔を動かさずに淡々と答えた。

 「納得できないがわかったよ。さっき言った通りあの町へ戻るつもりはないから。それじゃよろしく」

 岸島はそう言うと家に入った。

 「言っている意味はわかる。しかし殺す事はないじゃないか……そう考える俺が甘いのか?そうなのか?俺は……」

 岸島は玄関でうずくまって泣いた。

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