電気店のオヤジ(1)
「はい、ありがとう」
岸島和哉はビトルンに乾電池を渡した。ビトルンは頷いて右下の手で乾電池を握りしめて店を出た。
岸島は亡くなった両親が経営していた小さな電気店を継いで働いていた。妻とは離婚してひとり暮らしだ。
「俺も腕が四本欲しいな」
店内でラジオを鳴らして岸島は商品を整理した。通貨がドルに統一されクレジットカードによる取引が原則となりキャッシュレスの時代に急変した。
自動販売機で缶コーヒーを買う時もカードをかざして買う様になった。
午後二時、岸島は店を一旦閉めて喫茶店へ遅い昼食に出かけた。平日のこの時間帯の商店街は人通りが少なくどこの店も休憩しているか夕方の稼ぎ時に備えて準備していた。
岸島は喫茶店に入ってランチを頼んだ。
「相変わらず暇そうだな」
店長が笑って言うと岸島は「まあな。来るのはビトルンばかりだがな」と笑って答えた。
「あいつらが飯食えばうちも儲かるんだがな」と店長がぼやいた。
人造人間は専用のサプリを食していた。
そのサプリは人造人間が仕様を作って各国の製薬会社で生産、納品してもらった。人造人間と人類の商売は多くの業種で行われていた。
「見た目はいかついが大人しいよな」
岸島が定食を食べながら言うと、
「ああ、政治家を殺して政府を乗っ取った時には俺達も殺されると思ったが何も変わらなかった。今だけかもしれないが先の事なんか考えても仕方ないしな」
と店長は軽く笑って答えた。
テレビでロケット打ち上げのニュースが流れた。
「いつもどこかでロケットを打ち上げるよな。あいつらは宇宙が好きなのか」
店長がテレビを見て言った。
「さあな。地球を支配したから宇宙人を探しに行くんじゃないのか」
岸島は定食を食べながら投げやりに答えた。
「それか宇宙に暮らすかだな」
「何にしろ頭の悪い俺達には関係のない話だ」
二人は適当に談笑してしばらく過ごした。
食事を終えた岸島は店を出て近くのコンビニで雑誌と飲み物を買った。
レジで精算していると外でパトカーと救急車のサイレンの音がして郵便局の前で止まった。
「何かあったのか」
岸島はコンビニを出てパトカーの後ろから様子を見た。二人のビトルンが銃を持って郵便局の入口に立った。
「へえ、突入するのか」
岸島は楽しみになった。野次馬が増えた。
ビトルンが郵便局に入った。パンパンと銃声が五回響いて野次馬が一瞬静かになった。
静寂の中、ビトルンが男を引き摺って出て来た。男はうなだれて血だらけだった。
「ああ死んだな」「さすが容赦ないな」「殺した方がいいだろ」
野次馬がざわざわと呟いた。
もう一人のビトルンが郵便局員の女を抱きかかえて出て来た。女も血だらけでぐったりしていた。
「人質も撃ったのか」「酷いな」「説得できないから仕方ないか」
野次馬が更にざわついた。
「おい、人質を撃ってもいいのかよ」
岸島は女を抱えたビトルンに話し掛けた。ビトルンは振り向いて、
「抗議は警察署にお願いします」
と抑揚のない口調で答えた。勢いで言った岸島だったがビトルンの複眼の顔で見られてひるんだ。
「い、いや、そういう訳じゃないから。ご苦労さん」
岸島は両手を挙げて答えた。ビトルンは「ご協力ありがとうございます」と軽く一礼して救急車に入った。
パトカーと救急車が去って人だかりは散り散りになった。
「あいつらによく言ったな。大丈夫か」
様子を見ていた喫茶店の店長が岸島に言うと、
「思った事を言っただけだ。それで死んだらそれまでさ」
岸島は気だるく答えて店に戻った。
午後四時を過ぎた頃、ビトルンが買い物に来た。
岸島はラジオを聞きながら店内を掃除していた。
ビトルンがレジの前に立って岸島はレジに戻った。
ビトルンがクレジットカードを備え付けのカードリーダーにかざして岸島が正常に決済されたのを確認して乾電池を渡した。
「はい、ありがとう」
岸島が淡々と言った。
「先程の女性は病院で治療を受けました。命に別状はありません」
ビトルンも淡々と答えた。岸島は「えっ」と思わずビトルンの顔を見た。
「あんた、さっきの警察か?」
「いえ、我々は他のビトルンの意識を共有できます」
「ああ、ブルーパもビトルンもテレパシーで相手に伝えるのだったな。便利なもんだ。わざわざそれを言いに来てくれたのか」
ビトルンと話が出来て岸島は少し嬉しかった。
ビトルンは「はい。それでは」と答えて店を出た。
「ありがとうな」
店を出るビトルンに岸島は明るく声をかけた。ビトルンは何の反応もせず歩いて行った。
「ふ~ん、見た目と違っていい所あるな。何でも合理的に済ませるのはちょっとあれだが」
岸島は鼻歌を歌いながら掃除を続けた。
夕方のニュースで郵便局強盗の件が流れた。
容疑者は射殺、巻き込まれた局員は三ヶ月の重傷だった。
岸島は二階の自室のパソコンでネットニュースを見ながら食事をした。
デマや扇動拡散防止の為に個人の意見の投稿が禁止になったがネットニュースや動画配信サービスは従来通り行われた。
SNSや掲示板やブログに書き込まない岸島には何の不自由もなかった。
昼間は事件が起きたがそれ以外はいつも通りの一日を終えて岸島はベッドで眠りについた。
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