第24話 エンディングとエンドロールとエピローグ

 まずはただ一人生き残っているユリアに、自分の生命と引き換えに仲間全員を復活させる魔術を唱えさせる。

 それから間髪入れずにノゾミにユリアを復活させる。

 マコトとダイゴはすぐに集中攻撃だ。魔王じゃない、あのスーツ姿の踊っている男、あいつを一刻も早く倒すんだ。

 瀕死のユリアは一発でも攻撃を受けると死んでしまう、だからはじめのユリアの復活魔術のタイミングが一番難しいぞ。

 ……とさっきから一生懸命話しているのに、声も枯れんばかりに喋っているのに、うなだれたままの妹の優里亜には全く届いていない。コントローラーはゴミ箱の向こうに転がったまま。そのゴミ箱は倒れていて丸めたティッシュやチョコの包み紙が床に散らばっている。

 そして優里亜はまだ画面の向こうにおれがいると思っているのだろうか、時折モニターをちらちら見ながら泣き言を言っている。


 ああ、もどかしい。

 どんなに大声を出そうとおれの声は全く届かない。

 何かに触れることすらできない。

 時間だけがたっていく。


 どれだけ長い間、優里亜は力なく座り込んでいただろう。

 ふと立ち上がった。

 おれの方へ向かってくる、ぶつかる!と思ったら、おれのことを空気のように通り抜けて、さっさとトイレに入っていった。

 トイレを出ると、キッチンへ行ってコップに一杯の水を一気に飲み干した。

 そしてまた戻ってくる優里亜の顔は、目が吊り上がっていた。頬が赤く染まっていた。

「絶対負けるもんか、あんな奴らに」

 優里亜は転がったコントローラーを手に取ると、再びモニターの前に陣取った。


 おれの完璧なアドバイスはやっぱり優里亜には届いていなかった。

 優里亜はたった一人生き残ったユリアに、たった一枚残っていた最後のよみがえりの葉をノゾミの口に突っ込ませた。

 うわあ、危ない。

 画面の向こうではユリアに容赦ない攻撃が襲いかかってくる。ノゾミが息を吹き返すまで少々時間がかかる。

 それでなくても傷ついてふらふらしてよれよれしているというのに、ユリアは必死に攻撃をかわす。時には避け切れずに攻撃を受けて倒れる。死にそうになりながらもなんとか立ち上がり、ユリアは薬草を噛みしめながら自分のことも徐々に回復させていく。

 うわあ、もう、とてもじゃないけど、見ていられない。

 おれは思わず目を背けた。

 だけど優里亜は時間をかけて、粘り強くユリアを回復させ、ノゾミを回復させると、マコトとダイゴの蘇生に成功した。

 やった、全員揃った。おれは思わずこぶしを握る。遠回りをしたけれど、あと、薬草はもうほとんど残っちゃいないけど、でも戦いはこれからだ。


 テーブルの上のスマホが振動している。

 優里亜はモニターの向こうの激しい戦いから我に帰ったようだった。

「お母さん?」

 優里亜の火照った頬が見る見るしぼんでいく。

「ウソでしょ、お兄ちゃんが、あぶないって、だって昨日も」

 おれの目の前も真っ白になる。

「うん、わかった、すぐ行く」

 ラストバトルは一時停止のまま優里亜はあたふたと用意をはじめる。倒れたゴミ箱にけつまづいたりsuicaを探してあらゆるところに手を突っ込んだり……


 そうだよ、おれも戻らなきゃ。 

 おれ自身に、戻らなきゃ。


 おれは目を開いた。

 白い天井が霞んで見えた。

 黄色、透明の液体、いくつかの袋の中を点々と落ちる水滴がぼんやり見えた。

 知らない白衣の男がおれの顔を覗き込む。隣にいる知らない女の人と言葉を交わしている。何を言っているのか、マスク越しで聞き取れない。

 二人が引っ込むと、次に見えたのは母さんの顔だった。

 あれ、しばらく見ない間に母さんなんだか縮んでない?しわ増えてない?

 母さんはおれの顔を見るとぽろぽろ涙を流した。

 なにか喋ろうにも唇は動かないし喉に全然力が入らない。それに身体がちっとも動かない、というか全身が重くてだるくて、瞼を開けているのがやっと。

 そこに優里亜の顔が飛び込んできた。

 やっぱり泣いている。

「よかったねえ、よかったねえ、お兄ちゃん」

 親子だから二人の泣き顔はよく似ているな。そして優里亜は王女ユリアをずいぶんと自分の顔に寄せたものだ、そっくりだとおれはぼんやり思っていた。

 もう大丈夫。優里亜は一人でラスボスを倒すことができるだろう。

 そして懐かしい仲間たちはエンディングを迎えるのだ。

 マコトとユリアの、ダイゴの、そしてノゾミの笑顔が浮かぶ。ノゾミはきっと旅立つのだろう。自分が主人公の人生を生きるために。

 ――そしていつまでも幸せに暮らしましたとさ

 眠りに引き込まれていくおれの目の前も暗転して、旅の懐かしい思い出とともに、ゆっくりとエンドロールが流れるのが見えるようだった。


 肋骨や右腕も骨折していたおれは、看護師さんの介助でようやく車椅子に乗れるようになった。

 もう数週間入院しているというのに、病院内を初めて案内してもらえた。

 看護師さんたちとは、もう何度も担当してもらっているので顔見知りだ。

 男も女も看護師さんたちは高校生のおれにはタメ口で、はじめは馴れ馴れしいなあと苛立ったものだけれども、なんといっても裸を見られたり排泄物の始末をしてもらっているのだから、気取っても仕様がない。はいはい、わかりましたと言うことを聞いていると、これがなんだか心地良くて、おれの中の弟属性が目覚めてきた気がする。

 というのはおいといて、

「ほら、コンビニだってあるんだよ」

 短髪でガタイの良い看護師の斎藤さんが案内してくれた。

 本当だ。病院の地下にはかなり大きめのコンビニがあって、コートを着た外来患者やおれみたいなパジャマの入院患者が買い物をしている。

 本のコーナーまであって、週刊誌が並んでいる。外のコンビニと変わらない。

 そこでおれは偶然、週刊誌に小さな見出しを見つけた。

 『馬頭はじめの呪い?』

 あのゲームのことだ。

 おれはカルピスウォーターとその雑誌を買った。


 病室に戻って、力強い斎藤さんに抱きかかえられてベッドに戻してもらうと、おれは雑誌をめくった。記事はその他の芸能人などの噂の記事と一緒のコーナーにあって短い。


 「馬頭はじめ(享年47)が急死する直前まで手掛けていたレトロなRPG、馬頭氏の不幸も相まって、この手のゲームとしては記録的に売り上げを伸ばしていたが、致命的なバグが見つかった。なんでも一定の選択肢をプレイヤーが選ぶことによって、ゲームそのものがフリーズしてしまう。アップデートしてもその欠陥を直すことはできず、とうとうゲームメーカーが回収する騒ぎになった」

「……フリーズするのは必ず馬頭氏と同名のバトウという敵キャラクターが登場する場面。バトウが踊り出したところでフリーズしてゲームは永久にストップしてしまう。そのためネット界隈では馬頭はじめの呪いと噂されて、フリーズ画面が大量にアップされている」

 

 雑誌にその画面が載っていた。

 モノクロで、画像は粗いけれどおれは懐かしかった。赤黒い雲が垂れ込めて、ごつごつした岩に打ち寄せる波も赤黒いアステル島。そして吸血鬼のような姿をしたバトウがいた。

 雑誌の写真には、バトウと対峙している白魔法師まで写っていた。

 でもそれはノゾミとは全く別の人で、似ても似つかぬ姿をしていたし、第一、男だった。

 画面中央でバトウは両手を空に差し出したまま、永久に止まっていた。


 

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