第22話 それでも小さな勇気かき集めて

 悲しい音楽がんだ。

 続いて鐘の音が空全体に幾重にも響き渡る。

 それと同時に赤黒く垂れこめた雲からさっと光が差し込み、わたしたちの足元をまばゆいばかりに照らした。

 そして何も無かったところに階段が浮かび上がった。

 半透明でしっかりした質感。四人が昇ってもびくともしないような階段。それが天まで長々と続いている。行く先は遠く雲の上でここからは見えない。


 サヤとの戦いで傷だらけになった身体はいつの間にかすっきりと回復していて、気力も体力も宿屋を出たばかりみたいにみなぎっている。

 そして連戦でぼろぼろになっていた剣も鎧も、わたしの法衣も杖もまるで新品のようにきれいになった。

 期待とともにふところに手を入れると、薬袋の中には薬草の束と貴重なよみがえりの葉がある。そしてクリスタルの瓶には魔力の素が、振るとちゃぷちゃぷ音がするくらいに復活している。

 そしてわたしたちはこれを当然のことのように受け止めている。

 なぜならば、この次は最後の戦いだからだ。

 いよいよわたしたちの旅が終わるのだ。

 

「みんな、行くぞ」

 マコトが先頭をきって階段を昇る。次にダイゴ、ユリア、そしてわたし。

 この先にはおそらく魔王が待っている。

 振り返っても、アステル島の大地にはもう誰もいない。

 覚悟はできている。

 どんなに魔王が強くても、倒すまで戦う。

 この世界を救うとか、そういった大義はわたしには無い。

 いや、ちょっとはある。そりゃあ、ある。ピピンの村の両親の顔が頭をよぎる。モンスターに恐れおののく暮らしよりも自由に村の外を歩くことができる世界の方が良いに決まっている。

 だけど今は。

 わたしはただ仲間を守りたい、この命を賭けてでも。

 

 意気込んだけれど、階段が長い。

 単調な鐘の音をバックにどれだけ階段を昇っただろう。

 なんと言っても一本道なのだ。まっすぐ伸びている階段をひたすら昇り続ける。

 マコトもダイゴもユリアも黙っているのは、長すぎる階段に多分当惑しているから。ただただ足を動かして昇る。

 魔王に会う前に階段を昇って疲れちゃったらどうするんだろう。

 黒い雲の中に入ると周りもよく見えない。暗い雲の中を延々と昇り続ける。

 やっと雲を抜けると、眩しいほど明るかった。


 わたしたちは階段を昇りきり、純白の雲の上に降り立つ。

 不思議な世界だった。

 雲は360度一面に広がり、真っ平。遮るものは何もない。彼方の雲のきわには朝日のように輝く太陽が覗いて見える。そして反対側の際には空を覆うばかりの巨大な月が。一方は日の出、一方は星空。朝と夜の混在するような空間。


 そこに静かに立っている者がいる。

 あれが魔王なのか。

 この世界をモンスターだらけにして、あらゆる災難と害悪の元凶の魔王なのか。

 再び鐘の音が響き渡る。

 魔王はその口を開いた。

「われこそは、魔王コニシ・ハルカである」

 え?

 ――だれ???

 魔王はドラゴンでもヘビでもなかった。サタンでもハデスでも閻魔えんま大王でもなかった。小柄な身体に紺色のジャケットとプリーツスカート、首元には紺と赤の縞のリボンに足元には紺に赤いワンポイントのハイソックス。

 ――どう見ても中学生くらいの女の子!

 ストレートの長い黒髪に、顔は……

 ちょっとないくらいブサイク。目や鼻も口も書きなぐったような形で位置もバランスも悪い。繋がっているゲジゲジ眉毛、唇はだらしなく開けっ放しでそこからのぞくのはギザギザの歯。あ、鼻毛も出ている。妹がデザインしたとすればかなりの悪意を感じるぞ。


「あれが魔王か」マコトが呟く。

「なんて禍々まがまがしい姿なんだ」ダイゴが震える声で言う。

「あんな邪悪な顔は見たことがないわ」ユリアが声を振り絞る。

 ――いや、どう見ても中学生!

 おれは思わず叫ぶ。

「誰だよ、コニシ・ハルカって」

 そして妹の不登校と引きこもりの原因を一瞬で察した。

  

 ダイゴがみんなの前に一歩出て盾を構える。

 マコトは剣の切っ先を敵に向けて構える。

 ユリアは杖を握り締める。

 正面には醜くも不敵な笑顔を見せる魔王コニシ・ハルカ。

 最後の戦いが幕を開ける。

 音楽は意外にも軽快なjpop。歌付き。踊りだしたくなるようなテンポの曲。きっとこのゲームのテーマソング。

 魔王コニシ・ハルカは憎々しい笑い声を響き渡らせると、手下を召喚した。

 現れたのは、同じ制服を来た女子二人、片方は眼鏡をかけていてブサイク、もう片方は太っていてブサイク。それからスーツ姿の若い男一人、にやにや笑っていて見るからに嫌な感じの男。もしかして教師?三人とも盛大に鼻毛を出している。

 三人の手下は魔王コニシ・ハルカより前面に出てきた。眼鏡は杖を持っているから魔術師系?太っているのは斧を持っているから戦士系?そして教師は、なんだこれ?くねくねと手足を振って腰を回して妙なダンスをしている。厄介な相手だ。ネクタイも変だ。まずはこの手下どもを倒さねばならない。

「もう、やだ、お兄ちゃんになんか知られたくなかったのに!」

 遠く彼方から叫び声が聞こえた。

 

 その瞬間、ぴしっと耳を塞ぎたくなる音がして世界が止まった。


 

 

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