第20話 アステル島の試練(5)
廃墟となったアステル島の唯一の村を出た後、わたしたちはひたすら荒野を歩いた。
見渡す限り何もない。赤黒い雲は相変わらず重く垂れこめて稲光を含んでいる。赤茶けた岩が剥き出しの丘。足を取られそうな沼地。木や草は立ったまま枯れていて煤けている。石にこびりついている苔以外、生命の気配はまるでなく、動くのは風に吹かれた土埃のみ。
なのに突然、モンスターは空から降り、あるいは地から湧いて出る。
三つの頭を持つキングギドラと戦う。
八つの頭を持つヤマタノオロチと戦う。
そして登場したのは天を衝くばかりの百の頭を持つラドン。
四人とも疲弊しているはずなのだけど、アイコンタクトとともに一瞬のうちに前衛、後衛に分かれて戦いの態勢を整える。
白魔法師ノゾミは一番後ろの位置ながら、時折前に飛び出して戦闘に参加できるようになっていた。ノゾミの身体は強くなっていた。
マコトにもらった細身の剣はもうすっかり手に馴染み、自由自在に繰り出すことができる。剣を手に、素早く踏み込み、突き出し、振りかぶり、払い、振り下ろす。
おれは以前、内村に観せてもらった白黒映画『用心棒』を思い出していた。ラストの決闘の場面だ、たった一人で大勢に挑む。あれ、かっこよかったなあ。今おれ、三船敏郎みたいに動けてない?
古い映画だけど面白かったんだ。内村はそんな映画をたくさん知っていた。もう一度、映画同好会に入れてもらおうか。こっちから辞めた訳だからとてもカッコ悪いけれども、すごく勇気が必要だけども、それでも頼んでみたら、もし一回断られてもまた頼んでみたら、入れてくれるかもしれない。入れてくれるんじゃないかな。入れてほしいな。
それに剣道、また始められないかな。
義足の剣士になるんだ、そうだ。カッコいいぞ。
それから学校は車椅子でいくことになるのかな。
いつ行けるんだろ。
どうやって行くんだろう。
ラドンの口から出る光線をまともに浴びた。
しまった油断した。
全身に激痛が走り、暗転。
気がつくとユリアの顔が見えた。
「集中!」
泣きながら怒っているようにユリアが言う。
貴重なよみがえりの葉を口に突っ込んでくれたらしい。口の中が悶絶する程苦い。
こんなところで白魔法師たるおれが死んでしまうとはなんとういう失態。おれが死んでしまったら誰がみんなを回復させるというのだ。ノゾミがおれの中でぎゃあぎゃあ叫んでいる。
「わかった、集中する」
そう言うユリアもラドンの光線を浴びて火傷を負っている。回復魔法をかける。
見回すとダイゴは毒を受けている。急いで回復魔法をかける。
マコトはなんと瀕死の状態だった。血まみれになりながら気力だけで剣を振るっていた。慌てて回復魔法をかける。
百の頭を持つラドンをやっとのことで倒すと日が暮れていた。
ただ風を凌ぐためにわたしたちは岩陰へ行き、順番に身体を休めることにする。焚火に手足をかざして、こわばった身体を温める。
残り少なくなった水筒の水を回し飲みして、残り僅かになったビスケットのようなものの
四人ともへとへとで口数も少ない。
港町ノーティアで山のように買い込んで船に積み込んだ食糧や薬の樽の山を思い出した。全部使いきれるかなあなんて、今思えば気楽な心配をしていたものだ。身に付けていて持ち出すことができた食べ物も、薬も心もとなくなってきた。船の難破でなくなってしまったものを惜しんでもどうしようもない。
焚火の炎を見つめながらうとうとしていると、マコトが言った。
「みんな、大丈夫か?」
声が張り詰めている。
「戦えるか」
いつもの笑顔がない。
「サヤが近くにいる」
そう言って暗闇を指さした。
「こちらに向かってやって来る」
わたしにもわかった。サヤの気配が近くにある。
「……サヤはおれたちの味方なのだろうか」
ダイゴがぽつりと言う。
「そうだな」マコトは言った。「たぶん、味方ではない」
「でも、サヤはバトウと戦ったわ。サヤがバトウに大きなダメージを与えてくれたお陰でわたしたちは勝つことができた。それってサヤがわたしたちの味方ってことじゃないの?」
「サヤの気配は感じるのだけど、サヤの気持ちがどこにも感じられないんだ」
実はわたしもそう感じていた。サヤが近くにいるとしても、そこから感じられるのは純粋な敵意のみ。
「サヤは魔王についたというのか?」
「わからない。魔王についたのだとしたら、バトウとは戦わないだろう」
「じゃあ、どうしてサヤはわたしたちと戦おうとしているの?」
「サヤは今、ただ戦いたいがために戦っているだけだと思う」
「……」
「もしサヤがあくまでもおれたちと戦うというのなら」マコトは三人の顔を順番に見て言った。「サヤを倒す」
わかっている。
マコトだってサヤを倒したい訳がない。
一緒に旅をしてきた仲間だった。喜びも痛みも分かち合ってきた。
どうしてわたしたち戦わなければならないの?という思いがある。
あの吸血鬼みたいな男の顔が甦る。
「せっかく他の選択肢も用意してあげたのに」
「ねえ、五人でここにやって来ようとか、思わなかった訳?」
五人で来ることができたのかしら?
そんな掟破り、ルール破りはわたしたちに可能だったのかしら?
――できたとは思えないな。馬頭はじめが言っていたのは、おれたちが選ぶことのできるのはせいぜい、ノーティアを発つ時に別れるのをダイゴにするか、ユリアにするか、それともこのおれ、っていう選択だけで、五人で来るっていうシナリオは初めから存在しないようだった。それにそれを選ぶのは、実はおれたちではない。
理不尽だわ。
――そうだね、本当に理不尽だ。製作側の、ただの自分勝手な都合じゃないか、五人で来ることができないって。お互い死に物狂いの戦いをさせて、ただ話を盛り上げようとしているだけだろう?おれたちのことを
すごく怒っているのね。
――怒っているよ!
あなたが怒り狂っているお陰で、わたしは少し落ち着いたかもしれないわ。ところで、別れる選択がダイゴかユリアかわたしって言っていたけれど、どうしてマコトは入っていないのかしら?
――そりゃあ、マコトは主人公だから。
主人公?
わわわ、ごめん、そんなこと言うつもりはなかった、と言って、わたしの中の男の子は黙ってしまった。
生まれながらの勇者なんて重荷を背負わされて、なんて大変な人生だろうと思っていた。
赤ちゃんの頃から、立ったよ、走ったよ、喋ったよと、ピピンの村の村人たちの希望と期待を一身に受けて成長したマコト。それでも軽やかに、朗らかに笑うあなたをわたしはいつも凄いなあと思って見ていた。心からの敬意をもって見ていた。
あの時。
魔法学校を卒業して帰ってきたわたしに、はにかんだように微笑んで手を差し出したあなたを見て、わたしはきっと恋に落ちたんだ。
そうか、マコトは主人公なんだ。
わたしはマコトの物語の脇役だったのだ。
ひがんでいるわけではない。むしろ思い当たるところがありすぎて、かえって腑に落ちる気がした。
いつも肝心なところの意思決定はマコトがしていた。
旅に出る決意も、ダイゴやサヤを仲間として受け入れる時も、旅の途中で次はどこへ向かうのかも、いつもマコトが決めていた。今だって、サヤを倒すという辛い決定をしたのはマコト。そしてわたしはそれを当然のように思っていた。
じゃあ、それじゃ、わたしは?……わたしは主人公の勇者に恋をする幼馴染みの白魔法師。だけど、主人公は運命の恋人にめぐり合い、秘めた恋心を打ち明けることもできずにそっと見守る……そんな役回りといったところかしら。
――あ、あの~
上等じゃないの!
――……
この役割、演じ切ってあげようじゃないの!そして魔王を倒した暁には、マコトとユリアの二人の前で長年秘めていた恋心を洗いざらいぶちまけてやろうじゃいの!そうしたらわたし、旅立つわ!そして、そしてわたしが主人公になって新たな旅をはじめるのよ!
――……
なに?さっきから黙っちゃって、なにか文句あるの?
――うん。だったらおれはなにがなんでもノゾミの中から出て行かなくちゃなって思っていたんだ。
――妹がさ。
ああ、外の世界にいるというあなたの妹さん?
――
「さあ、みんな、来るぞ」
マコトの声でたちまち現実に引き戻される。
明らかにまわりの空気が変わった。びりびりした緊張感に頬が引きつる。
パイプオルガンの不協和音が響き渡った。
闇の中、禍々しい光を
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