第12話 黒魔術師サヤの運命(1)

 はじめはノーティアの眩しい陽光のせいかと思った。

 いつものように頭のてっぺんで結んである、サヤの空の色のような髪の色が微かに赤味を帯びているのだ。

 それが気のせいではないと、やがて知ることになる。

 

 四人で欲しかった武器と防具を新調して、さらに予備まで買って、持てるだけの薬を買って、いつもはお金が無くて手が出ない高価な薬までどっさり買って、それでも武闘大会の高額賞金はお釣りがくるくらいだった。

「女の子同士でゆっくり買い物しようよ」

 おれはサヤに連れられて帽子屋に入る。サヤが新しく買って身に付けている虹色ビスチェに合う帽子を探すと言うので付き合う。

「ノゾミも新しい帽子を買えばいいのに」

 おれは既に防具屋で掘り出し物の賢者の法衣一式をゲットしていた。おれ、というか白魔法師ノゾミが無数の衣装の中から、ひと目でその価値を見抜いた逸品だ。純白のマントはぱっと見た目にいかにも重そうなのだけど、着てみると驚くほど軽い、まるで羽のように軽い。よく見ると純白の生地にびっしりと細かい刺繡が施されていて、その糸に秘密があるのか、たいへん頑丈でめったなことで破けたり切れたりしないし、魔力で常に守られているような安心感がある。

 マントとお揃いのミトラも、ぱっと見大きくてごついのだけど、頭に被ってみると、まるで何も着けていないように軽い。そしてやはりセットになっていたバクルス。これも見た目は素朴な木製の杖なのだけど、手に持っているだけで身体の中の霊力がみなぎってくるような感じがするのだ。

 ということで、白魔法師ノゾミの、おそらく最終形態が出来上がってしまった。これ以上の杖や防具は望めないのではないかと思う。

 実は今もその賢者の法衣一式を身に付けている。バクルスは帯に差しているが、ミトラは被っている。だって軽いし、なにか守られているように落ち着くし、それに純白の衣装がノゾミに良く似合って……可愛いのだ。おれは帽子屋の鏡に映る自分の姿を見て、自分自身に笑いかけてみて思わずぼうっとしてしまう。

 ノゾミは手足がすらりと長く、小顔で栗色の髪はまっすぐのさらさらで色白で目は切れ長で……なんとかノゾミというアイドルをモデルにしただけはある。とにかく思わず見とれてしまう程可愛い。

 あんまり可愛いので、これはゲームの世界なんだと自分に言い聞かせる。

 おれたち四人の外見をアイドルを元に創り出したのは妹だ。

 でも冷静に見ていると、妹は明らかに主人公のマコトにそのキャラクター作成の労力を費やしていた。マコトは眉毛の一本一本までものすごく丁寧に仕上げられていて、目のくらむようなカッコよさだ。妹の偏愛を感じて少しだけむっとする。

 でもサヤも、ノゾミと同じく多少の妹の手抜きが入っていたとしても、こうして見ると間違いなく美人だなあ。しかもぱっと人目を惹くタイプの美人だ。

「どうかしら、この帽子」

 サヤをじろじろ見過ぎたかと慌てる。

「う、うん、すごくよく似合ってる」

「もう、ノゾミったらどの帽子被っても似合ってるとしか言わないんだから」

 だって本当に何を身に付けても似合うのだ。それにしても女性の魔術師用の服って、どうしてこう露出度が高いのだろう。サヤが今、着ているのなんて肩もお腹も丸見えだ。

「防御力低くならない?」前にサヤに聞いたことがあった。

「うーん、低くなるのはなるんだけど、でもこういうのって魅力が底上げされるのよね。眠らせたり混乱させたり麻痺させたりの神経系の魔法が通りやすくなるから」

「敵が男のモンスターばかりとは限らないでしょ」

「いや、それが女モンスターにも通りやすくなることが科学的に実証されているのよ」

 ノゾミも選んでよ、と言われて、鳥の羽根製の帽子をサヤに被せてみる。するとサヤがにっこり笑った。うわ、可愛い。女の子の買い物に付き合うのって、なんて楽しいんだろう。

 

 おれは高校一年生だ。

 中学校から男子校だったこともあって、女性には全然縁がない。近くにいる女性と言えば母さんと妹だけ、母さんの実家は遠方なので祖母や従姉妹いとこも縁遠い。他に女性といえば歴史と生物の先生くらい。どのくらい女性に免疫が無いかというと、通学の満員電車でうっかり女の人の肩や髪に触れたくらいで、その日は一日中反芻して悶々として夢にまで見てしまうようなレベル。

 これまで生きていて、あんまり自分の見た目を気にしたことはなかった。っていうか、自分をカッコよく見せようなんて考えたこともなかった。せいぜい、顔に目くそ鼻くそがついてなければ十分でしょ、くらいな。

 嘘です。少しは気にしてました。ただ自分は冴えない外見の部類に入るのではないかと、それくらいの客観性は持ち合わせておりました。

 だからさ、サヤみたいな綺麗な女の子と一緒に買い物なんて、おれにとっては天にも昇る心地で、もう幸せすぎてどうしよう。

「ほら、この帽子なんてノゾミに似合いそう」

 サヤはおれのミトラを取ると、大きな鏡の前でつばの広い帽子を被せてくる。

「やっぱり似合うよ!」

 そう言われて照れくさそうに微笑む自分だって鏡を覗けば可愛い女の子なんだから、もう楽しすぎてどうしよう。もうずっとこのままでもいいくらい。

 ずっとこのまま。

 途端に頭の片隅が冷える。

 おれはいつまで白魔法師ノゾミのままでいるのだろう。

 これが妹のプレイするゲームの中の世界とすると、このまま物語が先に進んでゲームをクリアする時がやって来るはず、その時、おれはいったいどうなるのだろう。いや、あの妹のことだ。途中でゲームに飽きて放り出したとしたら、そしたらおれは、いったいどうなるのだろう。それにマコトやダイゴやサヤ、そしてこの国の大勢の人たちはずっと魔王に苦しめられるままにされてしまうのだろうか。

 っていうか、期末テストが近いんだ。

 自慢じゃないが、おれは結構成績が良い方なんだ。

 そのためにちゃんと勉強しているという自負もある。まだテスト範囲の勉強、ちゃんとやってない……いつまでもここにいる場合ではないのだけれど。


 いつの間にかサヤが自分の額に手を当てて、眉間に皺を寄せている。なんだか辛そうだ。どうしたのか聞くと、サヤはぽつりと言った。

「バトウの声がする」

「え?」

「嫌だなあ、あんな奴の声を聞くのは久しぶり。わたしだけに聞こえるように魔術で話しかけてきているのよ。嫌だなあ、あいつのいる所に近づいてきているのね」

 サヤが辛そうで、おろおろするおれに代わって、ノゾミが話しかける。

「バトウって、魔王の側近よね。サヤに指令をしていたっていう……そんな人が近くにいるの?」

「大丈夫、ノーティアにはいないみたい」

 サヤは笑ってみせるけれど、笑顔がぎこちない。「バトウの奴、まだわたしに未練があるのかしら」

 ぎょっとして、思わず辺りを見回すと

「この街にはいないって言ったでしょう!」

 強い口調のサヤに驚く。

「……ごめんね。今日はもう宿屋に戻ろう。なんだか疲れちゃった」


 海岸沿いの道を通って歩いていると、サヤは少し元気を取り戻したみたいだった。

「ねえ、ノゾミ」いつもの明るいサヤの声だ。

「あんたってマコトのこと好きでしょ」

 心臓がバクンと跳ね上がる。

 どうしてわかっちゃったの?そんなにバレバレだったの?

「ないない。ないない。わたしはマコトより年上だし、マコトが赤ちゃんの頃から知ってるし、オムツ付けてた頃から知ってるし、もう家族みたいなそんな関係でそんな感情持つなんてありえない、ありえない」

 言葉と裏腹に顔が急激に火照っているのがわかる。きっと今のわたしの顔は通りがかりの八百屋さんの籠いっぱいのトマトよりも赤い。

「……そっか」

 サヤは冷やかすわけではなく、足元を見つめている。

「……どうしてわかったの?」

「わからない方がおかしいって」

「……」

「わかってないのはマコト本人だけだよ。あいつ、子どもみたいな所があるから」

「……絶対言わないでね」

「うん、そうだね」サヤはわたしの背中を優しく撫でた。「あいつ、子どもみたいなくせに、彼女がいるしね」

「うん」

 胸がキュッとなる。サヤは何も言わずにわたしの背中を優しく叩いた。


 わたしたち四人が首都ドミナリアのモルタヴィア王城を初めて訪れた時、勇者マコトの名前はまだ世間に知られていなかった。

 現在こうしてどの町を訪問しても歓迎してもらえるのは、あの時モルタヴィア王から魔王を倒す旅をしている勇者としてのお墨付きを賜わったから。

 それはともかく、この国の統治者のモルタヴィア王はそれはそれは慎ましい暮らしをしていて、王家の人々は城下町の庶民と変わらない暮らしをしていた。さらに王家のプリンセスの御趣味はなんとボランティア。

 王女は身分を隠して、城下町の孤児院で子どもたちの世話をしたり読み書きを教えたりすることを日課にしていた。そこへまだ無名だったマコトが偶然通りかかった。だからマコトと王女は、勇者とプリンセスではなく、ただの男と女として出会って、恋に落ちたのだ。

 なんでしょうか、このロマンティックなシチュエーション。

 おまけに王女はその身分に相応しいような高慢さは欠片もなく、気さくで気立ての良いお嬢さんだ。しかもにっこり笑うと薔薇の蕾のような愛らしさ。

 とてもかなわないな。


 宿屋に着くと、入り口に人だかりがある。

 なんだろうと見ていると、中からダイゴがぬっと現れた。

「あら、ダイゴ。市長との会食は終わったの?」

 市長カリオンは港町ノーティアに滞在する世界中の商人から魔王についての情報を集めてくれたという。ダイゴとマコトはその報告を受けるために市庁舎に呼ばれていたのだ。

「……ああ、多くの情報を得た。これからの行く先について四人で相談しようと思っていたところだった。それが珍しい客人が来て」

「珍しい客人?誰、誰?」

「王女だ。モルタヴィア国の。供も連れずに一人でここまで来たらしい」














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