第11話 戦士ダイゴの夢(4)

 武闘大会当日。

 快晴のコロセウムには超満員の観客。立ち見まで出ている。

 前座にはサーカスが登場して否が応でも盛り上がる。

 いよいよ武闘大会開始のアナウンスが流れると、アリーナから真正面の二階席にカリオン市長が現れ、観客の拍手を浴びた。

 そして出場する闘士たちが入場する。

 出場者たちはみんな、この日のためにあつらえた立派な鎧を身にまとい、豪華な飾り付きのかぶとやマントを着けていて、その手には磨き抜かれた剣や槍や斧。槍先が日の光を受けてきらきら光る。

「あ、あの銀の剣、おれが欲しかったやつだ。いいなあ、くうー」

 マコトが悔しがる。わたしたちは出場者の関係者なので最前列の応援席だ。

 出場者の中でひときわ地味なのがダイゴだった。明らかに使い込まれた感のある鎧は、結局修理が間に合わず、訓練の最中についた傷がそのままになっている。手にする武器は斧、こちらも年季が入っていてくすんで見える。

「ダイゴ、頑張れ!」

「優勝賞金ゲットして!」

 音楽が変わった。明快なリズムの、テンポの良い曲。なんだか口ずさみたくなる陽気な音楽。大歓声の中、試合が始まった。


 実は不安に思っていたのは、大会参加中の闘士は一切薬、および回復魔法を使うことができないというルールだった。なんといってもダイゴは敵の攻撃をかわすのではなく、受け止めるタイプ。連戦になればダメージが蓄積してしまうのでは……それにモンスター相手には何百回と戦っているものの人間と戦ったことはないはず。人間が相手では勝手が違うのでは……

 杞憂だった。

 ダイゴは圧倒的な強さで、相手をほぼ一撃で倒していく。

 どんなに高価な武器や鎧も、ダイゴに掠り傷ひとつつけることはできない。

 倒された闘士は、とっとと退場させられて別室で回復魔法を受けることになっている。そのために、ノーティアからは一歩も出ることができないというこの世の規則の中に生きている、ノーティア専属の医者兼聖職者が別室に待機している。

 見る見るうちに、ダイゴは最後に残った相手の闘士を打ち負かした。

 割れんばかりの歓声があがる。

「きゃー、新しい帽子よ!新しい靴よ!」サヤとわたしは手を取り合った。


 するとアナウンスが会場に鳴り響いた。

「それではいよいよ決勝戦です!これまで素晴らしい戦いを見せてくれた戦士ダイゴ!決勝の相手はわれらが市長カリオンです!」

 場内どよめきが起こる。

 スポットライトを浴びた市長カリオンは両手を広げて優雅にお辞儀をして、白い歯を見せた。

「市民の皆さんもご存知の通り、残念ながら、わたしは戦闘能力が著しく低くてね。きっとこれまでの闘士の誰よりも短い時間でノックアウトされる自信があります」

 カリオンの言葉に会場が笑いに包まれる。

「だからわたしはこの珍しい召喚石を使ってモンスターを召喚し、その戦いをもってこの武闘大会の決勝戦としようと思います」

 カリオンはオニキスのような黒々とした小さな石を空中に放り投げた。

「出でよ、聖なるオークの木!」

 アリーナの真ん中に地響きを立てて巨大なオークが出現した。

 樹齢1500年という巨大な樹木だ。聖なる木とマロンの村で崇められ、大切にされてきたオークの木だ。しかし今や、太い幹のうろからは邪悪な光を発し、生い茂る枝葉からは瘴気を漂わせて、四方へ長く張り巡らせた根が不気味にうごめいている。

 ダイゴは巨木を見上げて言葉を失っていた。

 この召喚された樹木モンスターが何を意味するのか、知っているのはダイゴと市長カリオンと、そして話を聞いていたわたしたちだけだろう。

 四階建て観客席よりも高くこずえを伸ばす巨木に、満員の観客は怖れの色を見せたが、カリオンは落ち着いた声で言い放った。

「皆さん、恐れることはありません。一見するとこのモンスターはあまりに巨大なので誰も敵わないのではないかと思われるかもしれませんが、いくら大きくてもこのモンスターは樹木に過ぎません。草木のモンスターの弱点は子どもでも知っていますね?」

 カリオンはふところからマッチを取り出した。

 自分の笑顔がプリントされたマッチの箱を空中に投げ、右手で受け止める。

「……いざという時はわたしが責任を持って火を点けます。ですから、みなさんは安心してご観覧ください」

 観客からカリオンコールが沸き上がった。


「ああっ、ダイゴに魔法が使えたら炎の魔法で一撃なのにっ」

 サヤが頭を抱える。

 草や樹木がモンスター化した植物系は極端に火に弱い。サヤならば一撃で仕留められる。マコトだってこの場合は剣でなく、炎の魔法を選ぶだろう。

 植物系モンスターは火という致命的な弱点がある代わりに、物理的ダメージには滅法強い。そしてダイゴは魔法を全く使うことができない。はじめから苦戦は必至だった。

 いくらダイゴが斧を振り下ろし、木の幹に、根に攻撃しても聖なる木はびくともしない。

 一方でオークの木は地面から根を、高い幹からは枝を、ダイゴを突き刺さんばかりに幾重にも伸ばしてくる。無数の根を枝を全て躱すことはできないし、ダイゴの高い防御力にも限りがある。やがてダイゴの鎧はひび割れ、血が流れて滴り落ちてきた。それでもダイゴは諦めずに何度もオークの木の間合いに入ると斧の攻撃を繰り返す。

「そうだ、少しずつ攻撃を刻み続けるしかない」

 観客席でマコトも唇を噛む。

 とうとうダイゴの斧がぽっきりと折れてしまった。ダイゴは懐から小ぶりの斧を取り出すと、根や枝の攻撃を躱しながら斧を振るう。

 戦いは長期戦だった。夕陽がコロセウムを赤く染める。

「いつまで続くんだ、この戦い」

 観客から見れば大変地味な戦いだ。聖なるオークの木の攻撃はワンパターンだし、ダイゴの斧の攻撃はもっと単調だ。

 しかしアリーナの正面に座ったカリオン市長は微動だにせず、じっとこの戦いを見つめていた。


 平坦な戦闘はさらに続いたが、ついにダイゴの鎧が完全に壊れてしまった。剥き出しになった胸や腕は傷だらけで血が流れている。そしてとうとうダイゴが構えていた大盾もぱっくりと割れてしまった。欠片になった盾の残骸がダイゴの足元に散らばる。肩で息をしているダイゴは観客席から見ても消耗が激しそうだ。

 カリオン市長がすっと立ち上がると、マッチを投げ入れた。ダイゴの足元に白い歯の光る笑顔の貼りついたマッチが転がる。

「そこまでだ。火を点けるがいい」

 朗々と響くカリオン市長の声に応じて、観客席からさざ波のように拍手が起こる。ダイゴの健闘を称える温かい拍手だ。

 しかしダイゴはマッチをそのまま懐に入れると、再び小さな斧を構えて聖なるオークに突進していった。伸びてくる枝葉を、地中から迫る根を躱しながら渾身の一撃を加える。

「どうしよう、ダイゴが傷だらけたよぉ」

 サヤが泣きそうになっているので、わたしは彼女の手を取る。


 ――わっ、女の子の手だ。細くて小さくて柔らかくて。

 などと思っている場合ではない。おれはサヤを励ますように頷いた。

 だけどこのままではダイゴが酷く傷ついて痛めつけられた上に、過去のトラウマの原因の樹木モンスターに再びやられてしまう。どんなにショックだろう、なんとかならないのか。

「そうだ、その調子だ」

 今にも泣き出しそうなサヤとは対照的に、マコトは拳を握りしめてダイゴを応援し続けている。

「あともう少しだ」

 あっ。

 よく見たら幹の一部に切れ込みが入っている。

 ダイゴはこの長い戦いの間、鉄壁の防御力を誇る聖なる木の、幹の同じ箇所を根気よくずっと攻撃し続けていたのだ。

 ダイゴは聖なるオークから距離をとると、枝葉と根の攻撃をものともせず突進して体当たりをした。

 ぐらり。

 そこへすかさず斧で攻撃を加えると、聖なるオークの木はゆっくりと倒れていった。

 聖なる木が倒れていくのを見つめて、ダイゴは何を思ったろう。もう無くなってしまったマロン村の祭りの様子か、幸せだった結婚式か、タバサの笑顔か。

 ずしん、と聖なるオークの木は倒れる瞬間、すっと跡形もなく消えてしまった。

 静まりかえっていた観客席からは大きな歓声があがった。

 おれはサヤと抱き合って喜んだ。

「ダイゴ」

 カリオン市長は歩み寄って行くと手を差し出した。

 二人はしばし何も言わずに見つめ合った。

 ダイゴはカリオンの手を取ると、力強く握り締め、二人は握手した。

 勝者を称える拍手が鳴りやまない。

「なあ、ダイゴ。思うのだが、タバサはひょっとしてわたしのことが好きだったんじゃあないのかな」

「……いや、タバサは心底おれに惚れていたね」

 かつて幼馴染みだった二人のわだかまりが夏の日の氷のように溶けていった。

「魔王を倒したら、おれは」ダイゴは言った。「マロン村に戻る。そして一から村を建て直す。新しい村の真ん中には、また新しい聖なる木を植える」

「ああ、とてもいいな」カリオンは言った。「わたしも協力するよ」



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