第8話 戦士ダイゴの夢(1)
竜ガゴンドラクスは呆気ないほど簡単に封印できた。
白魔法師のわたしの出番は必要ないほどだった。
爆薬と導火線で
すると山の向こうからシャンシャンと音楽を奏でながら旅人の一群がこちらへ向かってきた。先導しているのは華やかな衣装を
「あなた方が噂の勇者たちの御一行ですな」
中でも一番豪華な六頭立ての馬車の、山のように商品を積み上げた荷台の中にしつらえた屋根付き椅子にちょこんと座った男が、被っていたシルクハットをひょいと持ち上げて挨拶する。
「やっとこの道が通れるようになりました。わたしたち商売人がどんなにこの時を待ちわびていたか。あなたたちのお陰ですな。御礼を申します」
男はこの一団のリーダーらしい。これから始まるダイロキューサの町の収穫祭で商売をしようと山向こうの港町ノーティアからやって来たという。
音に聞こえる大都市ノーティア。
この国で最も栄えている商業の中心地。世界中の物も金もノーティアに集まるし、世界中の情報も集まるのだという。
勇者マコトの一行はこれまでこのモルタヴィア国を隈なく旅してきたと思う。
最終的に対決しなければならない魔王の
魔王はどこにいるのか、そしてどうしたらそこに行くことができるのか、何でもいいから情報が欲しかった。
それにモンスターとの戦いや野宿などで随分くたびれてきた鎧や武器なども修理したい、できれば新調したい。
「よし、おれたちはノーティアを目指そう」
マコトが即決する。
え、このまま行っちゃうの?
町に戻らずに?
竜への生贄を免れた娘やその両親からの御礼や賑やかだという収穫祭に後ろ髪を引かれるけれど、思い切り引かれるけれど、そこは仕方ない。
「ノーティアに行きなさるなら、市長のカリオンに合うと良い。紹介状を書いてあげよう」
シルクハットの男は胸ポケットから紙を取り出すとさらさらと何やら書いている。「わたしはこう見えて市長とは懇意にしておるのでな。ダイロキューサまでの道を通してくれた勇者御一行を歓迎するように、と書いたぞ」
「カリオン?今、カリオンと言ったか」
ダイゴがずいっと前に出る。
「ええ、カリオンは立派な市長ですぞ。きっとこれであなた方のために便宜を図ってくれるでしょう」
男は再びシルクハットを軽く持ち上げると、華やかな商人たちの一団はダイロキューサを目指して賑やかに行ってしまった。
「どうしたの?ダイゴ」
痛みをこらえているような、辛そうな顔をしている。心なしか顔色も悪い。
「……なんでもない」
なんでもないことはないでしょう。
どんなに敵からダメージを受けようと、眉一つ動かさず、ギリギリのところまで助けも呼ばないダイゴなのだ。いつもわたしが気づいて回復魔法をかけないと、どんなに苦しくなっても弱音も吐かない男なのだ。
勇者マコトが先頭に立って「行こう、ノーティアへ」と歩き始めたので、わたしたちも慌ててその後をついて行く。
ノーティアは大都会だった。
途中、砂漠を越える時に鋼鉄サソリや猛毒ガラガラヘビに多少骨は折ったものの、もはや砂漠のモンスターはわたしたち四人の敵ではなかった。ただ灼熱の太陽と一面の砂の照り返しに疲労困憊していた。
へとへとに疲れていて宿屋に直行しようと決めていたのに。
ノーティアに入るなり度肝を抜かれた。
疲れが吹っ飛んだ。
目抜き通りにさまざまな商店が軒を並べ、店先には惜しげもなく色とりどりの商品が山積みにされて溢れている。緑や黄色や赤、紫色の野菜、うず高く積み上げられたリンゴ、オレンジ。軒下にカーテンのようにぶら下がっているソーセージに肉の塊。氷をふんだんに敷き詰めた上に並んだ極採食の魚。それらを串焼きにしている香ばしい匂い。華やかな布をこれ見よがしに並べている店もあれば、異国情緒溢れる太鼓や弦楽器を並べている店もある。そして凄い人、人、人。
途中で立ち寄った王都ドミナリアこそ、この国で一番栄えている都会だと思っていたけれど。
その時だって、王都ドミナリアの石造りの王城の風格に、城下町の賑やかさに圧倒されたものだ。
でもノーティアの規模の大きさ、街並みの豪華さ、そして人の多さと活気には言葉も出ない。
おまけに高い建物が並び建つ屋根の向こうには真っ青な海も見えていて心が躍る。
空と海と白い船の帆と、近代的な街並みと賑やかな人々。
どうしようもなく興奮してくるでしょう。
そしてノーティアに入るなり、なんともゴージャスで楽し気な音楽が流れ出している。大都会に入った高揚感をますます高めるような軽快な音楽。
そもそも、ずーっと流れている音楽への違和感からはじまったのだったわ。
これまで当たり前だと思っていたことが、当たり前ではないのかもしれないと気付くきっかけになったのだ。
自分の中に、もう一人の自分がいる!
どうやら全く異なる世界に住んでいるらしく、そのもう一人の自分の呟くことはかなりの割合で意味不明。そのせいで生まれてこのかた常識だと思っていたことがそうではないのかもしれないともやもやした気持ちになる。しかもそのもう一人の自分とは、少年なのだ、しかも思春期の。
気持ち悪い。
初めて自覚した時にはそう思った。
彼の呟く内容から推測するに、その少年はわたしとは全く異なる服装の、妙な機械や乗り物に囲まれている世界で暮らしている。家族関係や人間関係に悩んでいるらしい、そしてここにいることについてとてもとても戸惑っている。何度もパニックに陥り、泣き叫んでいる。
なんなのよ、一体。
わたしは勇者マコトを守り通して、一緒に魔王を倒すことしか考えていないというのに。
「もしかして、勇者さま?」
声をかけられた。前掛けをした若者だ。都会の人間らしくこざっぱりしている。
この世界を救うため、魔王を倒すという目的のために旅する勇者一行の話は世間にも知れ渡っているらしく、わたしたちはどこへ行ってもたいてい歓迎してもらえる。特に勇者マコトは新聞でも挿し絵付きで紹介されることが多くて、どこへ行っても面が割れている。
「ノーティアに来てくれるなんて、感激です。うちは良い武器も防具も揃ってますよ。外国とも取引しています。どうか見ていってください」
愛想の良い店員に誘われて店に連れ込まれる。
なるほど広い店内の棚にも壁にもぎっしりと剣、槍、斧、弓。
見たこともない形状の槍もある。
薄暗い店の片隅で鈍く光を放っているいわくあり気な大斧もある。
煌びやかな装飾の異国風の弓もある。
マコトは子どもみたいに目を輝かせて並んだ剣をひとつひとつ見る。
そして選んだのは銀色の光を放つ、見るからに切れ味鋭そうな剣。
「手に取った感じがしっくりするんだ。重さもちょうどいい」
なんて屈託なく頬を染めて剣を見つめているのでしょう。
ただし、いくら世界を救うという崇高な目的で旅をしている勇者だろうと、無料になるわけではない。値段をまけてくれるわけではない。
「えっ、高っ」
目の飛び出るような値札を見て、マコトは名残惜しそうに銀色の剣を元に戻した。
「見るだけなら無料だしね」
一行の財布を預かっているサヤが口を挟む。
「だけど十分な装備が必要なのも確かだわ。みんなそれぞれ新調する物は新調する、修理でなんとかなるものは修理って優先順位を決めましょう」
大きなアクセサリーと手足が透けて見える衣装と高く結い上げた青い髪で派手なお姉ちゃんに見られるけれど、サヤはわたしたちの中で一番の算盤上手で計算も正確できちんと収支の帳簿もつけてくれる。サヤがわたしたちの仲間に入ってくれた時は、「あなたたち経済観念まるで無い!」と怒られたものだ。
「ダイゴは見ないの?ほら、あそこに見たことないような巨大な斧が」
ダイゴはノーティアに入って、賑やかな街の様子に反比例するように沈んでいる。わたしが指さした方を見もしない。店に入ってもぼんやりしたままだ。
「とにかく」サヤが言う。「お金は限られているんだから、使い道をちゃんと考えてね。特にそこの勇者」
「はい」
「買う時は必ず相談すること!わたしだって新しい帽子が欲しいし、靴だって!」
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